ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第98回

ハクマン第98回
「やってみる」の壁は
担当への怒りで
ぶち壊すことができるのだ。

最初は自分の仕事がなくなるし、自分が今まで時間をかけてやっていたことがAIが秒でやるなんてズルいからやめてくれと思っていたが、今では一刻も早く漫画AIを開発してくれと思っている。

確かに「だがてめえはダメだ」と自分だけAIの使用を禁じられているなら不平等だが、自分も使っていいならズルくはない。

日本人は楽をしている人間がいたら「楽をやめさせる」ムーブを取りがちだが、どう考えても「自分も楽をする」ことを考えた方がお互い得である。

実は、漫画家御用達のソフト「CLIP STUDIO PAINT」(クリスタ)にAI実装の話があったらしい。
あったらしいが、ユーザーの反発を受けて中止されたそうだ。

他媒体から「お前クリスタユーザーだから知っとるやろ」と、この件に関する記事の依頼がきたのだが、正直その時初めて知った、つまり知った時にはすでに中止されていた、ということだ。

ただ中止理由は、楽はやめろムーブではなく、著作権的な問題がいろいろクリアできていなかったせいもあるので致し方なしといった感じだ。

しかし私のように自分であまり絵が描けない作家にとってAIは希望なので、懲りずに頑張ってほしい。

だが、AIさえ実装されれば誰でもプロ並みの漫画が描けるか、というとやはり使う人間の力量によって大きな差が出てしまうと思う。

現在だって同じクリスタを使っていても私と田亀源五郎先生とではその差は歴然である。

作画クオリティが高くクリスタを使っていると明言されてる作家が田亀先生以外瞬時に思いつかなかっただけなのだが、今調べてみたところ、クリスタ用の「電マ」3Dモデルも発表されている。
私は人が作った3Dモデルを使うばかりで自作などとてもできない。やはり同じツールを与えても人によって使いこなし度が全く違うのだ。

AIとて「最終的に男がグズグズになる偽装結婚もの描いて」と言えば描いてくれるわけではない。
AIは自動学習をする人工知能なので、まずは学習させなければ使えないのである。
そしてその学習には手本となる「絵」が必要なのだ。

もちろん、他人が描いた絵を学習させて自分の作品として発表するのは違反行為だ。
著作権的に安全にAIを使おうと思うなら、生まれたてのAIに「自分の絵」を学習させて描かせるのが一番である。

この時点で大きな差がついてしまっている。
どれだけ優秀なポケモンでも、トレーナーがクソだと、戦闘中に自分がしたフンを食いだしたりしてしまうはずである。

結局AIも使用者の技術が高いほどクオリティの高い絵を生み出すという点は変わらないような気がする。
自動学習なだけに一を聞いて十を知ってくれるのかもしれないが「ゼロには何をかけてもゼロ」という可能性もある。

また、クリスタの機能だって一から覚えなければいけなかったのだから、AI機能が実装されても、まず人間がAIの操作方法を覚えなければいけないのは確かだろう。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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