辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第38回「母(妻)が作家、とかいう悲劇」

辻堂ホームズ子育て事件簿
園長先生がまさかの読者!?
母が小説家であることで、
育児中に発生する諸問題。

 外資系IT企業で普段バリバリ働いている夫、自分の仕事の優先順位が妻より低く見られたのが悔しかったらしい。家に帰ってきてから「さすがにそれはないだろ~!」と憤慨していた(もちろん冗談半分に)。先生! 私からも申し添えます、専属のマネージャーを雇えるような作家は超ごく一部の売れっ子の方々だけで……。でも普通、そういうイメージを持ちますよね。

 ……妻が作家、とかいう悲劇。

 さらに泣き面に蜂というのか、その後まもなく、4歳娘の通う幼稚園の保育参観に夫婦で参加したときのこと。担任の先生から、帰り際に夫が声をかけられた。

「そういえばお父さん、包丁で指を怪我したことあります? ずいぶん前におままごとをしていたとき、包丁のおもちゃを使おうとした●●ちゃんが、『パパがほうちょうでゆびきっちゃった』と深刻そうに話していて……」

 確かにそんな事件が数か月前にあった。研いだばかりの包丁が生肉か何かの上で滑ってしまい、夫が指を切ってしまったのだ。けっこう血が出て夫も「痛っ!」と大慌て、私が急いで絆創膏を取りに走り、そばで料理のお手伝いをしていた娘は恐怖のあまり仰天し、踏み台代わりの椅子から転げ落ちてゴミ箱に突っ込み側頭部を打って大泣き……という散々な出来事が。

 そのことを話すと、担任の先生は納得したように頷き、「でもパパがお料理をしてくれると、ママ助かりますね!」と私に微笑んできた。料理に不慣れな父親が久しぶりに包丁を使って怪我をした、というふうに考えたのだろうけれど、実のところ、夫婦双方の得意不得意に応じた家事分担を徹底している我が家において、普段まったく料理をしないのは妻である私のほうだ。

 そこで隣に立っている夫の名誉のため、「うちは夫が100%料理担当なんです」と私から説明した。すると担任の先生は「ああ、そうなんですね~!」と目を見開き、にっこり笑ってこう付け加えた。

「じゃあ、●●ちゃんちでは、ママがお仕事に専念してるんですね!」

「(専念……?)夫も仕事、してますけどね(笑)」

「あっっ、そうでしたか! すみません!」

 共働き家庭が少ない幼稚園だからこそ、「料理をしている親=主婦 or 主夫」という図式で捉えられたのかもしれない。この家庭は珍しく男女の役割が反転していて、妻が一家の稼ぎ頭であり、夫が専業主夫またはパート主夫なのだろう、と。

 ……無念。

 幼稚園を出て車に乗り込んだ夫、再び悲痛な叫びを放つ。

「保育園の先生も幼稚園の先生も、俺を無職扱いするなぁぁぁー!!!!」

 妻が作家……ではなくて、妻が料理をしない女、とかいう悲劇。

 私の職業を知らないはずの幼稚園の担任の先生にも、思いがけない方面からパンチを食らってしまった夫。まさに令和を生きる現役世代パパの悩みと苦しみ、という感じで、近くで見ていてとても不憫だし、興味深い(まるで他人事)。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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