椹野道流の英国つれづれ 第11回
「いいのよ、イマジネーションは自由! さあ、続けましょう。私は自分の得意なことをまずやるわね」
そう言うと、ジーンはマジョルカ焼のぼってりした花瓶を持ってきて、そこに水を入れ、オンシジュームを生けました。
明るい黄色い花と、鮮やかな彩りのマジョルカ焼は、まさにピッタリ! 賑やかなコンビネーションです。
そこに短い枝分かれをパチンパチンと切り落としたマーガレットを添えると、たった2本でも、既に華やかです。ここに、生け花に使った残りのかすみ草を足せば、とてもまとまりがよくなりそう。
「バスルームに飾ろうかしら。陽射しが弱いから、これを置けば雰囲気が明るくなるわね。さあ、今度はあなたの番よ。切り落としたマーガレットの枝と、かすみ草を生けてみせて……あら」
ジーンは自分が切り落としたマーガレットの細い茎を指先で大事そうに持ち上げ、剣山に当てて首を傾げました。
「剣山の針は意外に太いから、こんな細い茎は刺さらないわね? 茎が裂けてしまうわ」
ふふふ、そうなんですそうなんです。
私、突然の含み笑い。
イケバナチョットダケの初心者にも、ドヤ顔で披露できるテクニックがアリマース!
「大丈夫です。そういうときは、いくつか方法があるんですけど……あの、テープってありますか」
「テープ? どんな?」
ああー!
こういうとき、日本語なら、「セロテープでもいいんですけど、少し厚みのあるガムテープとか、そういうのでも」なんてすぐ的確なオーダーができるのに!
英語でセロテープって? ガムテープって?
存在しないってことはないだろうけど、どう言えばいいのかわからない。たぶん、セロテープもガムテープも、和製英語だろうな……と思いつつ、一応、口にしてみたら、案の定、ガムテープは「?」という顔をされただけでした。
でも、セロテープは通じた! なんと!
あとで調べてみたら、本当に彼の地では〝Sellotape〟というブランド名で売られているんだそうです。
ジーンはすぐ、「あるわよ」と席を立ち、どこかから持って来てくれました。
やっぱり、勝手に諦めてしまわず、何でも一度は声に出して言ってみたほうがいいようです。
とはいえ、まずい英語と乏しい語彙のせいで、何を言っても高確率で相手に怪訝そうな顔をされてばかりの頃だったので、それはなかなかに勇気が必要なことだったのですが。
ああ、でもセロテープが通じてよかった。ジーンが手渡してくれたのは、日本と同じ、あのセロテープでした。
私はホッとしながら、マーガレットの細い茎を折ってしまわないよう、切り口ギリギリのところにセロテープをグルグルと幾重にも巻き付けました。
目を丸くして見ていたジーンは、ああ、と声を出して手を打ちます。
英語がおぼつかない留学生の相手をしてきたせいか、とにかく察しのいい人なのです。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。