椹野道流の英国つれづれ 第11回
「そうやって、刺す部分を太くするのね! いいアイデアだわ。ちょっと刺してみていい? このへんかしら?」
「どこでも、いいと思う場所に」
「じゃ、ここにしましょう。あら、本当に刺しやすい」
生けてみせてと言ったのに、ジーンはたまらず私からマーガレットを受け取り、水盤の前のほうに迷いなく刺しました。
くっ、これが才能か!
私よりよっぽどセンスがいいじゃないですか、もう。やだー。
「わ……私もそこがいいと思ってました!」
張り合うなよ、当時の私。思い出した今の私が死にそうになるから。
ちょっぴりムキになる私に、ジーンは片目をつぶって得意げに言い返してきました。
「勿論、わかってるわ! ここしかないわよね」
「そうです!」
ドヤ顔で同意すんな。ああ恥ずかしい。
初めての生け花と言いつつ、フラワーアレンジメントを長年たしなんできたジーンです。センスがいいのは当たり前!
「ごめんなさい。あなたに任せようと思ったのに、つい。でも、あとはあなたがどうぞ」
「はあい」
あら、いつのまにか、友達にするようなフランクな受け答えが、私はできるようになっていました。
おやー。英語学校で知り合った先生にも、同じクラスの生徒たちにも、「チャズは礼儀正しいね~。年寄りみたい」と、日々苦笑いされていた私が!
それは明らかに、ジーンの言動のおかげです。
うんと年上、おそらく母よりも年上なはずなのに、ジーンは初対面のときから、とても気さくに、まるで昔からの仲良しのように接してくれているので。
それもまた、心細い留学生をリラックスさせるための、ホストファミリーとしてのジーンのスキルだったのでしょう。それが、私の怯えてカチカチだった心を、あっという間に緩めてくれたのです。
「じゃあ、やります!」
なんだか嬉しくなった私は、張り切って、花を生ける作業を再開しました。
マーガレットは、どれもテープを巻いて茎を太くするテクニックで生け、小さな房に分けたかすみ草は、茎を折って、針の間に差し込むことで安定させ……。
習っていたときはよく失敗していたやり方も、この日は上手くいきました。
やはり、人間、度胸とやる気が道を拓くんや!
そんな想いが、胸にむくむく湧いてきます。
ジーンはとても感心してくれて、私はそれにホッとして、ついこう口走っていました。
「嬉しいな。この国に来て、褒められたのは初めてです」
ジーンは、大袈裟なほど目を丸くしてみせました。
「あら、どうしてそんなことを言うの?」
私は生けた花の角度を微調整しながら、無言でゆるゆると首を横に振りました。
自分で言った言葉に勝手に悲しくなって、口を開けば涙声になってしまいそうだったからです。
でも、急にしょんぼりしてしまった私の様子に、何かを感じ取ったのでしょう。
ジーンは、私の肩から二の腕にかけて、片手で優しく撫で、こう言いました。
「素敵なイケバナアートが完成したわね。さ、お茶を淹れてくるわ。お花を見ながらいただきましょう」
ああ、さっき知り合ったばかりの人に、うっかり愚痴ってしまいそうになりました。
私ときたら、すぐ誰かに寄りかかろうとする!
それをやめようと思って、ひとりぼっちのこの国に留学したんでしょ!
日本人が滅多に来ない学校をわざわざ選んだんでしょ!
ばかばか、お前は全然変われてへんぞ!
ジーンが見ていないのをいいことに、私は自分の頭を両手でポカポカと殴ったのでした。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。