椹野道流の英国つれづれ 第13回

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「いえ、いないんです」

「何が?」

「ホストファミリーはいません。今は、B&Bに住んでます」

「なんですって!?」

それは、私が初めて聞いた、ジーンの大声でした。勿論、怒鳴ったりはしませんでしたが、確実に声のトーンが上がっています。

えっ、なんでそんなリアクションを?

困惑する私に、ジーンは性急に質問を繰り出してきました。

「どうして? あなたの学校、ホストファミリー制度がないの? それとも、ファミリーが足りないの? あなたまさか、B&Bに1年住むつもり?」

あわわわわ。待って、それ以上訊かれても、質問を覚えていられないし、答えを考えるのが大変すぎます。

私は両手を軽く突き出すようにして、まだ何か言いたげなジーンをいったん制止し、必死で言葉を探しながら、説明を試みました。

実は、高校1年生の夏休みにアメリカ、シアトルに短期留学して、そこであまりにも酷い目に遭ったので、ホストファミリーに不信感があったこと。

それで、今回の留学では人生初の一人暮らしをしてみたくて、学校からのホストファミリー斡旋を断ったこと。できるだけ早く不動産屋へ行き、部屋を借りる予定であること。そのときは、学校の留学生サポート係が保証人として同行してくれる予定であることも。

難しい顔で聞いていたジーンは、こめかみに手を当てて、「なんて勇敢な女の子。あなたは、見た目より大胆ね」と溜め息をつきました。

えっ、これって、そんなにいけないこと?

オロオロしてしまう私に、ジーンは「責めているのではないのよ。せっかく留学しているんだもの、挑戦は大事。どんどんしなさい」と前置きしてから、こう言いました。

「でも、外国で、学校以外頼る相手のいない、若い女の子の一人暮らしなんて……物騒だわ」

それは私もちょっと思っていたことです。だけど、他の選択肢は思いつけず、つい。

「ご、ごめんなさい」

「謝ることではないのよ。でも……物騒だわ」

そう言って、ジーンはしばらく考え込み、そしてさっきよりもっと深い溜め息をついてから、私を見ました。

「今はいないけど、夫も、そんな話を聞いたらすぐに『うちにおいで』って言うと思う。私も同じ気持ちなんだけど、見てのとおりの小さい家だから、留学生を2人は置けないのよ」

あっ、今の沈黙は、そんなことを考えてくれていたのか……!

今日出会ったばかりの、何の関係もない私の身の安全を、どうにか守ろうとしてくれていたんだ。

胸がじーんとしました。嬉しい、ありがたい。でも、我々が知り合うきっかけになったKのことすらほとんど覚えていない彼女に、これ以上迷惑をかけるわけにはいきません。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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