椹野道流の英国つれづれ 第15回
留学生たちをジャックとパブに行かせておけば、ジーンにとってはむしろ家の中に自分だけという静かな時間が持てて、しかも自分のペースで料理ができて、きっと気楽なのでしょう。
だったら、ここは初めてのパブを満喫する絶好のチャンス到来と考えるべき!
そう、私がパブに入るのは、これが初めてのことでした。
いえ、正確には2度目なのですが、プライベートで入るのが初めて、という意味です。
初回は、入学当日、語学学校の授業の一環として、でした。
学校の近くのパブに、クラスの仲間5人と担任の先生というメンバーで訪れ、その前の授業で練習したとおりにおのおのランチの注文をし、イギリスの庶民文化に触れる、という寸法です。
パブのスタッフは、語学学校の生徒に慣れっこなので、注文にもたついても優しく待ってくれるし、フレンドリーに対応してくれます。
こちらの拙い英語も一生懸命聞き取って、何なら先回りして「あれがいいの? これも要る?」と、こちらがあまり喋らずに済むよう、気遣ってくれました。
そう、あれはまさに、痒いところに手が届く接待パブ(日本語にすると、なんだか意味が違って聞こえるけれど)!
正直、パブへ行った、と胸を張れるような体験ではありません。あくまでも実技レッスンの場に過ぎませんでした。
ようやく巡ってきた、パブ再訪のチャンス!
しかも今から入ろうとしているパブは住宅街のど真ん中にあり、地元の人たちが愛する、いわゆるローカルパブと呼ばれるものです。
よそ者はあまり歓迎されないことがあったり、独自のルールがあったりすると、担任から聞いています。
正直、尻込みする気持ちもありますが、そこは、出会ったばかりといえども、地元の常連客であるジャックが一緒なので!
それに、他の留学生も連れて来ているとのことですから、まったくのアウェーではないはずです。
ドキドキとワクワクが半々の心境で、私はジャックについて、これから何度も通うことになるパブに足を踏み入れたのでした。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。