椹野道流の英国つれづれ 第18回
今でこそ、電気スチーマーはそこそこ見かけるようになりましたが、当時は日本ではほぼ観られなかった生活家電ではないでしょうか。
「お鍋みたいな蒸し器はありますけど、こういうスチーマーは見たことがないです。ていうか、お皿を、蒸し器に?」
ジーンはこともなげに頷きました。
「お野菜を蒸すついでに、お皿が温まるでしょう?」
「なるほどー!」
「イングランドの主婦はクレヴァーなのよ」
悪戯っぽく片目をつぶって笑ったジーンは、「お皿、熱くなっているから気をつけてね」と言って、水滴を拭くためのティータオルを差し出してくれました。
お皿は、本当に熱々でした。盛りつけた料理を冷まさないための工夫ですね。
大きくて丸いお皿はぼってりと厚く、中央部分は象牙色、縁の部分には、色鮮やかなひまわりが描かれていました。
「スペインっぽい」
「スペインで買ってきたお皿よ。新婚旅行の記念の品なの。気持ちが明るくなって、サンデーディナーにピッタリでしょう」
「!」
新婚旅行のときに買ったお皿を、日曜日ごとにこうしてずっと使い続けてきたわけか……!
これは、責任重大です。決して、割ったり欠けさせたりしてはいけません。
慎重に、丁寧に拭き上げて、これまたテーブルに運びます。
テーブルの上には四枚、ランチョンボードが置かれていました。
イギリスの田園風景がクラシックな画風で描かれた、何とも素敵なボードなのですが、意外と小さいので、大きなお皿を置くとほぼすべてが隠れてしまい、あとは端っこにカトラリーを置くスペースしか残りません。
少し残念ですが、やむなし。
「あとは何を?」
「じゃあ、スチーマーのお野菜を、その器にざっと盛りつけてちょうだい」
ジーンは、こんがり焼き上がったお肉の塊にアルミホイルを被せながら、さっきピッチャーが置いてあったのと同じ場所にある楕円形の深皿のほうに顎をしゃくります。
「オーケイ。ところで、お肉はすぐテーブルに出さないんですか?」
私の疑問に、ジーンは明快な答えをくれました。
「ローストはね、こうしてしばらく落ち着かせるの。そうしたら、焼かれてぶくぶく外に出てきた肉汁が、お肉の中へ戻っていって、ジューシーになるのよ」
「へえ! 焼きたて熱々で食べるのがいいのかと思ってました」
「いいえ。お肉なら何でも、ローストでもステーキでも、しばらく保温しながら落ち着かせるのがコツよ。食べてみればわかるわ」
「楽しみです」
私がワクワクしながらそう言って、スチーマーからトングで熱々の蒸し野菜たちを深皿に移しました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。