椹野道流の英国つれづれ 第29回
〝Love〟、〝Sweetie〟、〝Baby〟、〝Darling〟……女の子に呼びかける言葉のバリエーションが、やたらにあるなあ、この国!
ここのおじさんは、いつだって〝Sweetie〟派でした。
「日曜なのに、お仕事ですか?」
そう訊ねると、おじさんは日焼けしたしょっぱい顔を歪めて肩を竦めました。
「こいつは仕事じゃねえ。俺のダチの車なんだ」
「あ、なるほど」
「お嬢ちゃんは遊びか?」
「前に話した親切なご夫婦のところで、サンデーディナーを」
そう言うと、おじさんはニヤッとしました。
「そいつぁいい。この国の爺さん婆さんのクソ退屈な日曜日は、金で経験できるもんじゃねえからな。お嬢ちゃんは、ある意味ラッキーだ」
なんだか、身に覚えありな感じの悪態です。おじさんも若い頃、そんな週末を過ごしていたのかもしれません。
確かに、時間をかけてディナーを楽しみ、そのあとはテレビを見ながら暖炉の前でお茶とお喋りなんて、遊びたい盛りの10代には、退屈で鬱陶しいものでしょうね。
「早く帰ってきて感心だな。うちのガキどもなんぞ、週末は朝からずっと姿を見ねえ。どこで何してやがるんだか」
苦笑いでそう言って、勢いよく起き上がったおじさんは、「そういや、作っといてやったぜ」と言って、店の奥へ入っていきました。
しばらくして戻ってきたおじさんの手には……アレです。アルコールランプで何か加熱するときに使う、あの金属製の三脚が巨大化したようなものがありました。
「それって!」
「上には電気が行ってねえから、暖炉で芋焼いてるって言ってたろ。これを使いな。そしたら、暖炉に鍋を置けるようになる。あとこれ。キャンプ用の鍋だから、直火に使える。貸してやっから、使いな」
そう言って、おじさんはお手製とおぼしき三脚を私にくれて、ずっしりした鋳物の鍋まで持ってきてくれました。
す、すごい。生活レベルが爆上がりするアイテムたちだ……! RPGなら、中盤以降しか手に入らないレベルのやつだ!
「作ってくれたんですか? この……スタンド?」
私が驚き、感動して訊ねると、おじさんは黒く汚れた手をツナギのもものあたりでゴシゴシ拭きながら頷きました。
「ま、うちの若いのの練習台って奴だ。端材で作ったから、気にせずガンガン使いな」
「ありがとうございます!」
私はつい日本式に深々とお辞儀をして、頭を上げ……そして、思いきって、いい機会だからとおじさんにも訊ねてみました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。