谷口桂子、新刊『崖っぷちパラダイス』創作秘話を語る!―「何かになろうとあがいている人を書きたかった」

谷口桂子の新作、『崖っぷちパラダイス』は、アラフォーでシングルのフリーランスと、悩み多き4人の女性たちが仕事に恋に奮闘する、笑えて泣ける書き下ろし長編小説。登場する4人の女性に託して、著者が本当に描きたかった、アラフォー女性の本音に迫ります。

 

著者プロフィール
作家、俳人。三重県四日市市生まれ。東京外国語大学外国語学部イタリア語学科卒業。著書に小説『越し人 芥川龍之介最後の恋人』(小学館)、『一寸先は光』(講談社)、インタビュー集『夫婦の階段』(NHK出版)、評伝『愛の俳句 愛の人生』(講談社)、ノンフィクション『祇園、うっとこの話 「みの家」女将、ひとり語り』(平凡社)などがある。

 
 
――谷口桂子さんの新刊『崖っぷちパラダイス』は、出版界で働く約40歳の女性4人が主人公の連作小説ですが、 これを書かれたきっかけはどういうことなのですか?

谷口桂子(以下、谷口):「もともとのタイトルは『約40歳クライシス』、だったんです。約40歳という年齢にしたのは、女性も男性も「大台に乗る」というのは節目ということもあっていろいろな変化を感じるからです。『約50歳クライシス』、『約60歳クライシス』も書きたいのですが、女性にとっては“出産”というリミットがある40代がいちばんの壁だな、と思って、そこから始めたんです。」

――谷口さんは、30代から40代になったときに心境の変化はありましたか?

谷口:「大きかったですね、振り返ると。30代からみた40代の女性って、“おとなの女”というあこがれがあったんですが、いざ自分が40代になってみると、あまりの自分の幼さに愕然とした、ということもありました。」

――40代になって、若いときに比べて体調がすぐれないとか、親がだんだん老いてきた、とか、この本に描かれているトラブルは、ご自分の体験が元になっているのですか?

谷口:「ここで登場する人たちには、それぞれ周囲にモデルがいました。そこに、自分の体験や感情をいくらか投影させて造型したんですね。モデルにされた人たちが怒らないといいけど(笑)。たとえば浮気した夫の車に口紅で“バカ!”って書くのとか は本当にあったんですよ(笑)。」

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「奥さんは俊恵さんの部屋を突き止めて、インターフォンを押し続けたんだって。中にいた二人はずっと部屋で息を殺していたわけ。とうとう諦めて帰ったけど、止めてあった旦那の白いジープに、『顔見せなさい、バカ!』って口紅で買い残していったそうよ」
(「2 難波の大仏」より)


――中心になる4人は年齢が1歳ずつぐらい違っていて、他人なんだけど「四姉妹」みたいですね。現代日本の『若草物語』、ずいぶんハードな『若草物語』ですが(笑)。長女にあたる恵は面倒見がよくてしっかりしている人、次女にあたるルミは凄い美人だけど愛想がよくて「十六方美人」と呼ばれるキャラ、3女にあたる友美は内気で家庭的なタイプ、そして末っ子に相当する翔子は、見た目は可愛らしいけど、非常にシビアというかハードというか、とんでもないことをしでかす人です。この4人の性格には 、谷口さんご本人のいろいろな面が投影されているのかな、と思ったのですが?

谷口:「私に限らず、女の人はみんなこの4つの面を持っていると思います。だからそれぞれにシンパシーがあるんですが、最初と最後の章に出ている翔子がいちばん好きかもしれません。彼女を通して書きたかったのは“あきらめの悪い女”、いつまでも夢をあきらめられずにじたばたする、という往生際の悪いところですね。かっこいい女じゃなくて、かっこ悪いけど自分に素直な性格を書きたいな、と。」

――男性もいろいろ登場しますが、こちらもモデルがいるのですか?

谷口:「全員というわけではないけど、モデルがいるキャラクターもいます。ほとんどそのまま、という人もいるんです(笑)。」

――困ったやつが多いけど、本当の悪人がいないところが救いですね。でも、男性が読むとドキッとするような厳しいお言葉がたくさん出てきて(笑)。

谷口:「男の身勝手は許さない! みたいなところがありますよね。今の私の年齢だったらスルーするようなことも、もう少し若いときはね。そこは40代の気持ちのままで書きました。いままでだったら、ここまで書くと問題かな、と思って書かなかったことも、今回は規制しないでとことん本音を書いてしまおう、と思っていましたね。」

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 酔っ払いというのは、どうしてこうも醜悪なのだろう。男の下心や裏心が全部露呈した、醜態の凝縮形のような気がする。あんな男たちのそばを通り抜けるだけでも虫唾が走る。
(「5 人妻の愛人」より)

――ところで、この小説ではロシアという国が重要な意味を持っているところが興味深いです。ある意味重くて地味な国というイメージがありますよね。

谷口:「実際にロシアに行ったことがあります。開発途上の国でビジネスのチャンスがある、という話は帰国後知りました。お世話になった新聞社の支局長からロシアのことを教えていただいたのですが、歴史のあるあの大国を詳しく知っているわけではないんです。でも、若い頃に行きたかった国が2つあって、ひとつがロシアでもうひとつがベトナムだったんですよ。何か、想像力をかきたてられるところがあります。」

「ロシア、どうだった?」
「とても、おもしろかったわ。来るまではどうなることかと思ったけど」
土屋は歩きながら煙草に火を付けた。
「ここで、一緒に住まないか」
(「2 難波の大仏」より)

――それから 、フリーランスが発注側の身勝手によってひどいめに遭うことの理不尽さ、についての強いメッセージも、この小説の重要な一面ですね。

谷口:「去年九州で非常勤講師の方が自殺なさいましたね。非正規労働者の生きづらさを象徴する事件でした。男性でも女性でも、組織に属さず 働いている方々に、あきらめずにお互い頑張りましょう、という気持ちがすごくあります。これはフリーランスだけではないけど、辛い目に遭ったときに”助けて“と言う相手がいないことがいちばん辛いのでは、と思います。主人公が本当にひとりで孤独な話にもできるのでしょうけど、この小説では4人がさりげなく”助けて“を言い合える関係にしました。実際はもっと深刻かもしれない。でも、あんまり深刻にしたくなかったので、楽しい小説にしようと思いました。」

――この小説をどんな読者に読んでもらいたいですか?

谷口:「最初に書いた小説に作家のすべてが現れている、といわれますが、私が39歳のときに初めて書いた『エイク』という小説のことを思い出しながら書いていました。その小説の帯のコピーが“ヴィヴィアン・リーになろうとした女” っていうんです。何かになろうとして、しかしなれるのでもなく、なれなくてあきらめるのでもなく、何かになろうとずっとあがいている人を書こうと思っているんだな、と改めて思いました。『崖っぷちパラダイス』の翔子は、何かになろうとあがいている人間です。それで精神的に追い込まれてしまうような”あやうさ“を持った女の人を、私は書きたいみたいです。ですので、そういう人にシンパシーを持つ方に読んでいただけるとうれしいですね。ご自身が崖っぷちに立っている人には、サバイバルの方法のいくつかを知ることができるかもしれませんから読んでほしいし、その対岸にいる方々にも読んでもらいたいです。明日は我が身、ということもありますから(笑)。」

――ここに登場する4人のその後も気になりますね。続編のご予定は?

谷口:「先ほども言いましたが、50歳、60歳の彼女たちのことを書きたいと思っています。全員が出てくるのではなく、この中の誰かひとりを主人公にして。50歳のときには、その人は全然違う職業についているかもしれませんね。」

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『崖っぷちパラダイス』第一章を丸ごと読める試し読みはこちらから
https://shogakukan.tameshiyo.me/9784093865371

『谷口桂子×鳥越俊太郎「女と男の崖っぷちトーク」』のお知らせ

4月21日(土)、下北沢の本屋B&Bにて『崖っぷちパラダイス』(小学館)刊行記念トークイベント『谷口桂子×鳥越俊太郎「女と男の崖っぷちトーク」』が開催されます。

出演
谷口桂子
鳥越俊太郎

時間
15:00~17:00 (14:30開場)

場所
本屋B&B
東京都世田谷区北沢2-5-2 ビッグベンB1F

詳細は下記URLより本屋B&Bウェブサイトイベントページをご覧ください。
http://bookandbeer.com/event/20190421a_gakeppuchi/

初出:P+D MAGAZINE(2019/04/04)

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