【番外編】好評発売中・大島真寿美『たとえば、葡萄』担当編集者が明かす創作秘話
作家生活30周年となる、大島真寿美さん。書き下ろしの新作小説『たとえば、葡萄』が、好評発売中です。コロナ禍で先が見えず塞ぎがちな日々を送る人々の背中を押してくれるような、希望に満ちたそのストーリーが生まれたいきさつを、担当編集者が明らかにします!
小説とは不思議なもの。湧き出てくるように生まれたという、現代を舞台にした物語
――『たとえば、葡萄』を執筆されるにあたり、大島さんとワイナリーへ取材に行かれたそうですね。それはどのような経緯だったのですか?
担当編集・K(以下、K): 私は大島真寿美さんの描く女性の生き方や、小説世界が大好きで。お会いしてからずっと、「現代の女性の生き方を描いた小説をお願いします!」と拝み続けてきたんです。大島さんは、第161回直木賞を受賞された『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』、『結 妹背山婦女庭訓 波模様』など、近年はずっと江戸時代や時代ものの作品を続けて執筆されていたので、「心と頭が現代に戻って来れないのよ~」と笑い飛ばされる日々。ところが、ある時突然扉が開いたんです。コロナ禍のある日、大島さんから「このコロナの時代って自分の人生を考え直したり“自分”を見つめ直す人多いよね?」と。そんな話で盛り上がるうち、「今なら書ける気がする!」という言葉が! そして、以前から大島さんが「なんだか気になる」とおっしゃっていたワイナリーに取材に行き、それからは奇跡の連続だった、という感じですね。
――確かに、コロナ禍で働き方なども変わってきて、「仕事とは」「生き方とは」といったことについて考えることが多くなったように思います。
K:生き方として惰性だったことについて、正面から向き合う時間ができた部分はありますよね。私の周囲もそんな人ばかりでした。大島さんとそんなお話をしていて、「今なら現代の女性を書けるかも!」と言っていただけたんです。
――そもそも、ワイナリーに行かれたのはどうしてなのですか?
K:かねてから大島さんは行きたいというご希望があったらしいのですが、コロナで行けなかったそうなんです。大島さんから、「こだわりを持って、葡萄やワインを心から愛しているようなワイナリーに行きたい」というご希望があって。そこで、私の小1からの友人が日本ワインにとても詳しい酒屋をやっているので相談しました。彼女の紹介で、山梨県韮崎市にある私の友人の経営するワイナリーを訪れることになり、2021年の3月に、取材に行きました。
――そのワイナリーの様子から、物語の着想を得られたのでしょうか?
K:そうですね。本当にゼロから見せていただいたので。畑づくりの段階から、美味しいワインになるまで、畑を保つこと、こだわりの手法……、面白い話をたくさん聞かせていただきました。そんな濃密な取材時間を過ごしたあと、甲府のホテルに帰ったのですが、その夜、大島さんに奇跡が起こったんです。
――インタビュー時にもおっしゃっていましたが、夢で登場人物たちが話しかけてきたとか……?
K:そうなんです! 大島さんも「こんなこと初めてなんだけど!」とおっしゃっていました。夢の中に小説世界が現れ、登場人物たちが動き回り、しゃべりかけてきて、眠れないくらいだったとのこと。「これは書けるな」と確信したそうなんです。大島さんはとても直感の鋭い方なので、物語が降ってきたら本当に凄い。書き下ろしで書いていただけたのは、とても大きなことだと思いますね。
小学館創立100周年記念展示の前にて
――色々なことが繋がって紡がれた物語なのですね。作品にちなんだ、特別なワインも発売されるとのことですが。
K:酒屋の「IMADEYA」さんで、小説に登場するワイナリーのモチーフとなった山梨県「ドメーヌ・デ・テンゲイジ」より、小説とコラボレーションしたオリジナルラベルのワインを11~12月頃に発売予定です。小説内にも登場するブドウ品種「マスカット・ベーリーA」を使った赤ワイン。キュヴェ名には、登場人物の「美月」になぞらえて、フランスで美しい月を意味する「belle luneベル リュンヌ」という言葉が使われているんですよ。
――とても楽しみな試みですね。作品をより深く味わうことができそうです!
〈了〉
【書籍紹介】
【あらすじ】
一切先の見えない状態で会社を辞めてしまった美月(28歳)。転がり込んだのは母の昔からの友人・市子(56歳)の家。昔なじみの市子たち個性の強い大人達に囲まれ、一緒に過ごすうち、絶望の中にいた美月は徐々に上を向く。誰の心にも存在する将来への恐れや不安、葛藤……。自分と格闘する美月を周囲の大人たちは優しく見守る。さりげなく自然に、寄り添うように。何度も心が折れかけながらも、やがて美月は自分自身の夢と希望を見つけていく……。
【大島真寿美 おおしまますみ プロフィール】
1962年愛知県名古屋市生まれ、1992年『春の手品師』で第74回文學会新人賞を受賞し、デビュー。2012年『ピエタ』で第9回本屋大賞第3位。2019年『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』で第161回直木賞受賞。その他の著書に『虹色天気雨』『ビターシュガー』『戦友の恋』『それでも彼女は歩きつづける』『あなたの本当の人生は』『空に牡丹』『ツタよ、ツタ』『結 妹背山婦女庭訓 波模様』など多数。
2022年10月15日 『たとえば、葡萄』 発刊記念イベント情報 (大阪市 隆祥館書店にて開催)
初出:P+D MAGAZINE(2022/10/07)