忘れてはいけない「平成」の記憶(8)/倉塚平『ユートピアと性』

平成日本に生きた者として、忘れてはならない出来事を振り返る特別企画。
平成7年3月に起きた地下鉄サリン事件のあと、オウム真理教の女性へ取材を重ねたノンフィクションライター与那原恵が、オウムに似たアメリカの閉鎖的共同体の全容に迫った一冊を紹介。

【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 新年スペシャル】
与那原恵【ノンフィクションライター】

ユートピアと性
ユートピアと性 書影
倉塚平 著
中公文庫
1000円+税

【オウム真理教】教祖の変質と共同体が崩壊する過程

 私が勤め人を辞め、ライターになって一週間後、世は平成になった。それ以前に編集者の養成講座に通っていて、その講師の一人が『別冊宝島』(宝島社)の石井慎二編集長だった。彼にノンフィクションを書くように勧められ、それ以来、同誌にルポを寄稿するようになった。
 オウム真理教への取材は、平成七年三月の地下鉄サリン事件の三ヶ月後から、数回に及んだ。オウム広報は宝島社の取材に協力的で、総本部や道場内部にも入れたし、広報が紹介する信者という制約はあったものの、多数の信者に自由に話を聞くことができた。
 私が取材したのは主に女性信者だ。当時の出家信者(一二七四人)の三分の一が女性で、そのうち八割が二、三十代だった。その入信動機で目立つのが、家族との不和、職場での人間関係の葛藤、そして自らの性や身体の悩みである。彼女たちはオウムがその解答をくれ、苦しみから解放されたと語ったが、教団のサリン事件関与を一切認めなかったのは、幹部と一般信者が分断された組織構造において、教団全体を見渡すことさえできなかったからだろう。
 オウムと似たような閉鎖的共同体が、十九世紀のアメリカに多数あったことを知ったのは『ユートピアと性』(原著は平成二年刊行)である。資本主義の矛盾を敏感に感じ取り、そこから逃避する形で「ユートピア」がつくられた。
 とりわけ異彩を放つ「オナイダ・コミュニティ」は、強烈な指導者による独自の教義をもち、親子の愛や、特定男女間の恋愛を厳しく糾弾した。信者たちは信仰と寝食と労働をともにする一方、教義に沿って互いを非難し合い、教祖に追随する幹部が暴走していった。そして、この本の白眉は、教祖の変質と共同体が崩壊する過程である。これもオウムと重なる。
 私が出会ったオウム女性信者も今は五、六十代を迎えているだろう。彼女たちがその後をどう生きたのか、尋ねてみたい。

(週刊ポスト 2019.1.4 年末年始スーパーゴージャス合併号より)

初出:P+D MAGAZINE(2019/04/04)

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