【著者インタビュー】姫野カオルコ『青春とは、』/恥の光景を呼びこむ昭和50年代の青春記!

南武線沿線のシェアハウスに住み、ジムのインストラクターをしている女性が、あることをきっかけに昔のことを鮮やかに思い出す――胸キュンな恋愛話も部活の熱い話も出てこない、ごくフツウな大人のための青春小説。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

昭和50年代、共学で、公立で――。鮮やかに甦る高校時代の思い出〝あの頃〟を生きた大人たちに贈る共感度MAXのフツウな青春小説

『青春とは、』

文藝春秋
1500円+税
装丁/大久保明子

姫野カオルコ

●ひめの・かおるこ 1958年滋賀県生まれ。2014年『昭和の犬』で直木賞、19年には東大生強制猥褻事件に着想した『彼女は頭が悪いから』で柴田錬三郎賞を受賞し、話題に。「前作が読者をいやな気持ちにさせる小説だったので、今回はいやな気持ちにさせない小説にしようと」。『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『ハルカ・エイティ』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』の他、故郷に因んだエッセイ『忍びの滋賀〜いつも京都の日陰で』等。趣味のジャズダンスのためにストレッチは欠かさない。164.8㌢、AB型。

青春時代だけが恥ずかしいわけでなく人間は死ぬまで恥ずかしく生きていく

 起点は令和2年3月現在、南武線沿線のシェアハウスに住み、ジムのインストラクターを昨年からしている、〈マドンナと同年生まれ〉の私こと〈乾明子いぬいめいこ〉。コロナ禍もあり、〈一昨日おとといからは、ずっと記憶を見ている〉〈サミットストアの袋に入れていた物を取り出したら、むかしのことを思い出して、まるで映画を見ているように目の前に鮮やかに見えるのである〉という明子が〈滋賀県立虎水とらみず高校〉で過ごした日々を、姫野カオルコ著『青春とは、』は描く。
 袋の中には〈本が一冊、名簿が一冊〉。特に本の方は〈犬井くん〉に借りたままになっているのが格好悪く、その恥ずかしさがさらなる恥の光景を呼びこむような、昭和50年代の青春記である。

「きっかけは確か『週刊ポスト』です。河合奈保子は作詞作曲もでき、学生時代から楽器に親しんでいたみたいな記事があって、私は『ん? 学生時代は大学からで、中高は生徒時代、、、、でしょ』と思った。その話を担当の編集者にしたら、『姫野さんの学校話は細かくて可笑しいですね』と言うので、こんなことやあんなこともあったと、お手紙の形で書き送るようになって。それを長編に書き直したのがこの本。胸キュンな恋愛話も部活の熱い話も出てこない、片田舎の公立校の放送部員の地味~な日常の話ですが、数から言ったら何もない方が断然多数派で、〈フツウな青春〉だろうと思う」
〈自分、クラコにせえ〉〈今日から暗子て呼んだる〉と一方的な呼称変更を告げる犬井くんは、明子の一学年上の柔道部員。その親友で女子にモテモテのサッカー部員〈中条秀樹〉のことも明子は君付けで呼び、上下左右全てに緩い校風を漢字四文字にすれば〈暢緩儘遊〉だ。
 そんな虎高で巻き起こる様々な珍騒動が、本書では令和の明子の視点で綴られ、第1章「秋吉久美子の車、愛と革命の本」から終章まで、昭和50年前後の風俗が盛り込まれるのも楽しい。
〈クミコ、きみを乗せるのだから〉のCMで話題の日産車を、シベリア帰りの父は役所との往復だけに使い、定時に帰るなり高級料理本を広げ、軍鶏しやもと百合根と椎茸の茶碗蒸し。だしは利尻りしり昆布ではなく羅臼らうす昆布でとれ〉と命じられたら最後、手抜きは一切許されない。一方父との結婚そのものに失望する相銀勤務の母親は食にも料理にも興味がなく、〈わが家は厳しくない。たんに暗い〉と明子は思う。
 そんな彼女を「暗子」と無邪気に呼べる犬井くんは、京都駸々堂しんしんどうで買った『わが愛わが革命』に感激。〈重信さんは美人や〉と言い募る彼に自作の詩の感想を求められた明子は、〈オナニーをしていたから電話に出なかったと単刀直入に説明される女子〉でもあり、そんな〈共学育ちの女子の騎士道精神〉の行方も興味深い。
「もちろん、今だから言語化できるんですけどね。
 私は10歳前後の主人公が自分の気持ちを理路整然と話す小説や映画を観る度に、『あり得ない』って思うんですよ。語彙がないばかりに闇の中にいて、ひたすら『違う』と思ったり、でも何が違うか説明できなくて、もどかしかったりするのが、子供の時代だと思うので。
 特に私は今話題の超記憶症候群を疑うほど昔の記憶が鮮明で、時折押し潰されそうになるんです。それが苦しくて書くと、気持ち悪さが多少和らぐ。残像が消えてくれる。言葉をあてがい、理論的になることで、スッと楽になれるんです」

誰も欠けていない時間はとても尊い

 家族という小隊化した空間、、、、、、、を怖れる明子にとって、〈アタシ達のヒデキ〉を巡る女子の鞘当てや、保健教師〈大谷沙栄子〉の着任以来、男子が妙に保健室に入り浸る問題はあるにせよ、虎高は平和そのものだった。
「私自身、家より学校の方が圧倒的に居心地がよかったんですね。特に〈堀越学園芸能コース〉と綽名された3年7組は、同調圧力が皆無なクラスだったので。
 滋賀県民の溜り場、平和堂のフードコートにもよく制服のまま行きましたし、わが家では〈「学校」という名分〉が最も有効で万能な呪文、、だった。そのおかげで72年の京都会館にミッシェル・ポルナレフを観に行き、握手したのは本当の話。引率を頼んだ東出昌大、、、、先生が実際は行けなかったり、浅田美代子、、、、、ちゃんも含めて実名じゃなかったり、細部は結構創作しました。
 でも、大谷先生が保健室で何をしていたか、、、、、、、、、、、を、後に大学時代の中条くんも出演する『ラブアタック!』の伝説的みじめアタッカー、〈百田尚樹に話したい〉のは、本当の話です(笑い)」
〈青春とはすべて、かっこ悪いの上塗り〉とあるが、その共有者には既に亡くなった人も少なくなく、〈同窓会にも来なくていい〉〈でも、いてくれ。いなくならないでくれ〉と明子は思う。
「この中に青春のどっちがセイでシュンか、よく混乱する同級生が出てきますが、私は彼女の訃報を聞いた時、永遠だと思っていた足元がスポンと抜けた感じがしたんですよ。誰も欠けてない時間の尊さを思い知った。しかも最近はセコかったり図々しかったり、以前とは別種の恥ずかしい人によく会うんですね、60、70代の。つまり青春時代だけが恥ずかしいんじゃない、人間は死ぬまで迷惑をかけ、恥ずかしく生きていくんだなあと、これも今の歳になって思えたことの一つです」
〈悲しかったり腹がたったりしたことが、今は、「そういうものだわネ」とオカシくなる〉。確かに45年の歳月が、桜を見てただ〈満開だ〉とだけ思ったあの頃の愚かさも愛しさもありのままに享受させるのだとしたら、それは本当に素敵なことだ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2020年12.18号より)

初出:P+D MAGAZINE(2020/12/22)

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