ブロマンスの要素あり!「オトコ2人」の関係性に注目したいミステリー小説4選

ミステリー小説の世界では、相棒同士がタッグを組んで事件を解決に導く「バディもの」と呼ばれるジャンルが人気です。「ボーイズラブ」とは少し違う、「ブロマンス」としての要素を持ったこのジャンルの特色とは? 代表作と合わせてご紹介します!

近年、刑事ドラマやミステリー小説の分野を中心に、男性キャラクター2人を主人公とした作品が、国内外を問わず次々と作られていることにお気づきでしょうか。「バディもの」といわれるこのジャンルは、対照的な性格の男性2人が同じ困難に立ち向かっていく過程を描く傾向にあります。

多くの女性ファンを萌えさせるこれらのミステリー作品の「肝」とはズバリ、ひょんな出来事からバディを組んだ2人が、ときに反発やすれ違いを繰り返しながらも、最終的に手と手を取り合うようになるという関係性の変化。このような点から「ボーイズラブ」のジャンルにも含まれると思われることも多いバディものですが、バディものの多くは男性同士の性的な関わりについては描かれていません。

今回は、ボーイズラブ作品とバディものの違いについての解説とともに、古今東西のミステリー作品の中から「相棒(=バディ)」の関係性が魅力の小説をご紹介します。

 

「ホモソーシャル」?「ブロマンス」?バディものに共通する要素とは

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「男は、基本的に気の合う男とつるんでいたいもの」「あいつ、最近カノジョにべったりでつれねーな」……そんな話題を皆さんの周囲でも耳にすることはありませんか?  体育会系の文化に顕著なこの「男同士の絆」のあり方は、しばしば「ホモソーシャル」という概念によって説明されます。ホモソーシャルな関係性において男性は、「女性」や「同性愛者」を〈他者〉として排除することで、均質な男性価値観・男性文化の中に引きこもることを選択するのです。

この「ホモソーシャル」と「ボーイズラブ」は、ブロマンス(※)を強く想起させる台詞、「お前が女だったら結婚している(付き合っている)」に込められた態度によって差別化できるかもしれません。この台詞には、「(もしも女性ならば恋愛関係に発展しているが)男だからそれはない」という〈仮定〉と〈結論〉が込められており、男性同士の強いつながりが含意されながらも、ボーイズラブ的な恋愛・性愛関係の可能性が未然に排除されているのです。

※「ブロマンス」……2人もしくはそれ以上の人数の男性同士の近しい関係のこと

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さて、先述したとおり、バディを組んだ2人のキャラクターは男性同士の近しい関係ではあるものの、性的な関わりは見られません。それどころか、どちらかに異性の恋人がいる、結婚をしている設定が作られる場合さえもあります。

このゲイではない、男性同士の恋愛に近い関係は、先述した「ブロマンス」という言葉で表現されています。これは1990年代にアメリカのスケードボード雑誌「ビッグ・ブラザー」の編集者デイヴ・カーニーが、「四六時中一緒にスケートボードをしているような関係」という意味として「brother」(兄弟)と「romance」(ロマンス)を合わせて造られた用語とされています。

バディもののミステリー作品は、しばしば読者にブロマンス的な要素を感じさせます。このバディの関係は、「ホモソーシャル」と「ボーイズラブ」の両極端の間で揺れ動く、極めて曖昧な立ち位置にいると言ってもいいかもしれません。つまり、男同士の絆や馴れ合いを描くことによって、読者には擬似恋愛的な関係を妄想させるような「目配せ」をしつつ、2人が一線を踏み越えることは決してないというのが、その一般的なパターンです。

バディ同士のやり取りの背後には、「カップルのような恋愛関係」が存在しているのか、それともあくまで「何もない」のか……その解釈は読者次第。いずれにせよ、「萌える」やり取りであることには間違いがないのです。それではいよいよ、「バディ萌え」を堪能できるミステリー小説の世界を覗いてみることにしましょう。

 

「都合よければ、すぐ来い。悪くても来い」 ホームズに振り回されるワトソン、2人の関係。

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天才的な観察眼と推理力を持つ探偵、ホームズとその相棒、ワトソンが登場する「シャーロック・ホームズ」シリーズはバディものを語るうえで無視できない作品です。

冷静沈着な性格ながら、証拠を集めるため盗みまで行うホームズは、度々ワトソンを事件に巻き込んでいます。シリーズ中の名台詞、「都合よければすぐ来い。悪くても来い」からも、ワトソンの都合は二の次であることがうかがえます。さらに調査を命じておいて「君は大事な証拠を全部見落としているな」と罵倒するなど、ワトソンへのひどい扱いをあげればきりがありません。

しかし短編「3人ガリデブ」では、ワトソンを銃撃した犯人に対し、ホームズが怒りをあらわに凄む場面が描かれています。

そして、わが友のすじばった腕がわたしを抱きかかえ、いすのところまで運んでくれた。
「けがはないか、ワトソン? お願いだから大丈夫と言ってくれ!」
あの冷たい顔の裏に、深い誠実と愛があることを知ることができたのだから、怪我の一つ、いやさらに多くの怪我をする価値だってあるというものだ。澄んだ、厳しい瞳が一瞬うるみ、堅く閉じた唇が震えていた。
(中略)
囚人をにらみつけるホームズの顔は火打ち石のように冷たくなった。「ほんとうに、お前のためにもよかったのだぞ。もし、ワトソンを殺していたのなら、生きてはこの部屋から出られなかっただろう。さてと、何か言いたいことはあるかな」

常に自分の都合のためワトソンを扱っていたホームズ。そんな彼を称賛し、嫌な顔せず付き合うワトソン。人としての性格に問題があったホームズですが、2人が名バディであった背景には、相手を認めて称賛してくれる余裕を持ったワトソンの存在があったからこそなのかもしれませんね。

 

思わず抱き合ってしまうほど、小林少年と明智先生の「うらやましいほど親密」な師弟関係。

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日本で活躍する名探偵といえば、やはり江戸川乱歩の作品でお馴染みの明智小五郎でしょう。明智を補佐するのは子どもながら変装、銃撃、車の運転までを得意とする小林少年です。彼は明智を「先生」と慕っており、『怪人二十面相』で海外から帰国した明智を出迎える場面では、嬉しさのあまり無我夢中で駆け寄る姿が描かれています。「ああ、三月みつきぶりで聞く先生の声です」と頬を上気させながら寄り添う様子は、さながら遠距離恋愛でなかなか会えなかった恋人と再会したかのようですね。

この『怪人二十面相』の終盤で明智は二十面相にさらわれるものの、明智を救うべく小林少年が結成した少年探偵団とともに二十面相を逮捕します。ここでは明智と小林少年が二十面相に勝利した場面を見てみましょう。

そのとき、門内から、黒い背広のひとりの紳士があらわれました。さわぎを知って、かけだしてきた明智探偵です。小林少年は目早く、先生のぶじな姿を見つけますと、驚喜きょうきのさけび声をたてて、そのそばへかけよりました。
「おお、小林君。」
明智探偵も、思わず少年の名を呼んで、両手をひろげ、かけだしてきた小林君を、その中にだきしめました。美しい、ほこらしい光景でした。この、うらやましいほど親密な先生と弟子とは、力をあわせて、ついに怪盗逮捕の目的をたっしたのです。そして、おたがいのぶじを喜び、苦労をねぎらいあっているのです。

江戸川乱歩『怪人二十面相』より

お互いの無事を確認し、思わず2人で抱き合うなど、明智と小林少年は側から見たら「うらやましいほど親密」な師弟関係にあります。同シリーズの作品では小林少年が特技の女装で犯人を尾行するも、見つかって海を漂うブイに閉じ込められています。彼は尊敬する師とともに犯人に立ち向かう以上、どんな危険な潜入調査にも果敢に挑んでいくのです。

 

まるで夫婦? くされ縁の2人が営む便利屋に舞い込む困り事とは。

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これまで複数のバディ小説を発表している作家、三浦しをん。そのなかの1つ、「まほろ駅前」シリーズは映画、ドラマにもなるほど、人気を集めています。

この作品は架空の都市“まほろ市”の駅前で便利屋を営む主人公、多田の元に訳ありの同級生、行天ぎょうてんが転がり込んだところからはじまります。自由気ままな行天は生真面目な多田を度々振り回すも、依頼者から持ち込まれる問題を次々と解決に導いていきます。

「思うんだけどさ」
という行天の言葉で、多田の夢想は破られた。「このごろ俺たち、会話が少なくない?」
(中略)
多田は大きく深呼吸し、
「そうか?」
とだけ言った。
「そうだよ。なんだかほら、あれだ。子どもが巣立っちゃったあとの中年夫婦みたいだ」
やっと自発的にしゃべったかと思うと、どんな名捕手でも受け止めきれないような大暴投だ。
「おぞましい比喩はやめろ」

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』より

転がり込んできた行天にうんざりし、「こいつは犬よりもアホだ」と評しながらも、生活面であれやこれや世話を焼く多田。風邪をひいた行天に薬と食べ物を買ってこようとした際に「あんたは俺の嫁さんか?」と言われており、2人の関係性はいつしか夫婦のようになっていきます。

行天も多田を振り回すだけでなく、過去にとらわれていた多田を案じるなど、何も考えていないかと思いきや、人一倍相手のことを考える性格の持ち主です。お互いに欠けている部分を補い合えるこの2人の関係は、まさにバディと言えるでしょう。

 

昼行灯とロジカルモンスターがメスを入れるのは、医療界の闇。

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海堂尊による、リアルな医療現場を舞台にした本格ミステリー『チーム・バチスタの栄光』もまた、正反対のタイプのキャラクター2人を中心とした作品です。

心臓移植の代替医療であるバチスタ手術を専門に行うチーム、“チーム・バチスタ”。しかし、100%手術を成功させてきたはずのチームは、謎の術中死に遭遇します。その原因を探ることを命じられたのは、出世欲を持たない万年講師の田口公平。調査に難航する田口のもとに、外部からの調査者として厚生労働省から白鳥圭輔がやってくるのでした。

議論で誰にも負けないことから“ロジックモンスター”(論理怪獣)、通った後はペンペン草も生えないという例えから“火喰い鳥”と周囲から呼ばれている白鳥は、トラブルを避けて生きてきた“昼行灯”の田口と性格がまるで合いません。皮肉を言っても気を悪くするどころか倍以上にして言い返すだけでなく、理論で相手の本音を引き出す方法を田口に教える際にも、初心者を平気で突き落とすタイプの指導者と思わせています。

しかし、田口は自分でどうにもできなかったチーム・バチスタの調査が、白鳥の登場によって驚くほど進んでいくことに気がつきます。

白鳥の話はジャンプして回ってひっくり返って元に戻る。黒崎教授のアクティブ・フェーズが一番面白いってこと? 白鳥のセリフにちょっぴりわくわくしてしまった自分を見つけて、慌てて自戒した。うつむいて指を折って十数え、自分に言い聞かせる。コイツのペースに巻き込まれてはいけない。でもコイツがこの調子で、黒崎教授をぶんぶん振り回すところは一度でいいから見てみたい。

海堂尊『チーム・バチスタの栄光』より

田口から白鳥への第一印象がゴキブリであったことからもうかがえるように、2人の出会いはあまり良いものではありませんでした。調査相手に対して予想外の行動をとる白鳥に田口は時に厳しいツッコミを入れながら、事件の真実に迫る力を持っていることは認めています。

相手を怒らせて話を聞き出す白鳥と、自分の周囲に相手を置いて聞き出す田口。たどり着く真相は同じでも、それぞれの性格に合った方法で物語が進んでいくのも、バディものの醍醐味でしょう。

 

デコボコな2人だからこそ、バディものは魅力的だ。

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性格、立場、年齢と、様々な面で異なる2人の主人公。最初から信頼関係が構築できている作品もあれば、最悪な第一印象から始まる作品もあります。しかし、困難を乗り越えた先には、「相棒がこいつで良かった」という絆が生まれることも少なくありません。

主人公が2人になることは、1対1になることでもあります。そのときに相棒、師弟、同僚、ライバルと関係性が生じ、新たに「関係性萌え」という魅力が生まれるのです。そんな魅力が詰まったバディものに触れてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2016/12/19)

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