ハルキストが村上春樹風にデートプランを考えたら【文体模写】

2017年2月24日に新作長編小説『騎士団長殺し』を発表する村上春樹。今回はその発売を記念して、「もしもハルキストが村上春樹風のデートプランを考えたら」を本気で再現してみました。

「村上春樹は好き?」――そう聞かれたとき、読書家の皆さまはドキリとし、咄嗟にいくつかの選択肢を思い浮かべるでしょう。

 

A.「好きだよ。『ノルウェイの森』も『海辺のカフカ』も面白かったし」

B.「ちょっと気どったイメージがあって、食わず嫌いしてるんだよね」

C.「村上春樹?パスタ茹でて女の子と寝るだけの小説でしょ?やれやれ(笑)」

 

……これらの回答のうち、どれが“正解”かは分かりません。「私も好き!比喩表現が秀逸だよね」と話が盛り上がる可能性もあれば、「ごめん、龍のほうが好きなんだ」と気まずい空気が流れる可能性も。

その独特な文体や台詞回しゆえに、好き嫌いがはっきりと分かれる作家、村上春樹。彼の話題を出すことは、読書家にとっていわば諸刃の剣です。

新作長編『騎士団長殺し』、発売決定

騎士団長
出典:http://amzn.asia/5bbhEE3

2017年2月24日には、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』以来4年ぶりとなる新作長編小説『騎士団長殺し』が発売になります。
発表にあたってはそのタイトルと、『顕(あらわ)れるイデア編』『遷ろうメタファー編』の2部構成であることしか明かされていませんが、久しぶりの長編作品が待ち遠しいという熱狂的なファン――いわゆる“ハルキスト”の方も多いのでは。

そこで今回は、あの“春樹節”が発売日まで待てない!というハルキストの方のため、「もしも生粋のハルキストが、村上春樹風にデートプランを考えたら」を再現してみました。ジャズ喫茶、神宮球場、バーで1杯……。春樹要素がたっぷり詰まったデートプランをお楽しみください。

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ハルキストはいかにして1日を過ごすか(または村上春樹風にデート・プランを考えるということ)

Postcard Letters Tea Desk Concept

そのおかしな手紙が届いたとき、僕はB・Bキングのカセットを聴きながらジョギングで焼けた肌にボディ・ローションを塗っている最中だった。家のポストが音を立てたのを確認すると、僕は外に出て、手紙以外の余計なもの――つまりスーパー・マーケットのチラシやピザ屋のダイレクト・メールといった類のもの――を屑かごに捨てた。

僕は果物ナイフでその手紙の封を切り、読み始めた。手紙にはこんなことが書かれていた。

「生粋のハルキストであるあなたに、おすすめのデートプランを紹介していただく記事を書いていただけないでしょうか?」

僕はため息をついて、この奇妙な手紙にもう一度目をやる。僕にデート・プランを紹介しろだって? おかしなことがあるものだ。
デッキチェアに腰かけて、「けれども、悪くない」と独り言を言った。僕はその仕事に何かしら特殊なものを感じて、それを引き受けることにした。

そういうわけで、これから紹介するのは僕なりの最高のデート・プランということになる。できるだけタフでクールなデート・プランにしたつもりだけれど、これから僕が語ることについて、あまり気を悪くしないでもらいたい。

【11:00】コーヒースタンドのベンチで待ち合わせ

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待ち合わせ場所は、渋谷のコーヒースタンド「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」。時間にはぴったり――それ以上でも以下でもない――に着くようにしよう。服装は、ポロシャツにオリーブ・グリーンのチノパン、白いテニス・シューズ。そんなところ。冬であれば、シンプルなニットにダッフル・コートを合わせてもいい。

彼女がやってきたら、まずこう聞くんだ。「やあ。昨日はよく眠れたかい?」君の可愛いガール・フレンドはにっこり微笑んで「ええ。とても」と言ってくれるかもしれないし、「ちょっと、私の顔が疲れて見えるってこと?」と機嫌を悪くしてしまうかもしれない。それは君の運しだいだ。

【12:00】名画座で映画を見る

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コーヒースタンドを出たら、通りをぶらつきながら、名画座「シネマヴェーラ渋谷」へ向かおう。
いいかい、映画に誘うときに、間違っても「君のためにチケットをとっておいたよ」なんて言っちゃいけない。あくまで自然にこう聞くんだ。「これからどうしようか。映画でも見る?」――と。もちろん、場所はあらかじめ調べておく。女の子は地図の読めない男のことを、バイオリンのいないオーケストラみたいなものだと思っているからね。

見る映画はなんだっていいけど、たとえばフランス映画――「あなたの目になりたい」なんていいんじゃないかな。ポルノ映画だけは選んじゃいけない、というのは確かな事実だ。まるでモルダウ河の流れみたいに。

【14:00】ジャズ喫茶でシダー・ウォルトンを聴く

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映画館を出たら、ジャズ喫茶「Mary Jane」でひと休みしよう。君はどきっとして、こんな疑問を思い浮かべるかもしれない。“ジャズについて詳しい必要はあるか?”答えはノーだ。ジャズについてなんて、これっぽっちも知らなくていい。
注文するのは、よく冷えたジンジャー・エール。もしも店主にリクエストがないかと聞かれたら、「シダー・ウォルトンを」とだけ言えばいい。好むと好まざるとに関わらず、君にはその答えしか用意されていない。

「ねえ」と君のガール・フレンドは言うだろう。「さっきの映画、どうしてエンド・ロールで立ち上がったの?」君は真面目な顔でこう言う。「人間は2種類に分けられる。つまり、映画のスタッフ・クレジットに親しみを感じる人間と、そうでない人間だ」

【17:00】神宮球場へ向かう

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次に、君はガール・フレンドを連れて神宮球場へ向かう。「なんで神宮球場なの?」と聞かれたら、「どうしてだろう?」と答えておけばいい。そして君は神宮球場のゲートの前を通り過ぎ、近くのバッティング・センターに入る。

そこでは、菅野や藤浪といった選手――ただしバーチャル映像だけれど――が君のためにボールを投げてくれる。バッティングを終えた君がベンチに座るなり、彼女は尋ねる。「どうしてバッティング・センターなわけ?」君は笑いながら答える。「オフ・シーズンだからね」

【18:00】オイスター・バーでシャブリを飲む

■スタジオセットを使用して撮影

そして君とガール・フレンドは外苑近くのオイスター・バーへ行く。合わせるワインは王道にシャブリか、バターソテーやワイン蒸しであればシャルドネ、あるいは赤なんて選んでもいいかもしれない。

アルコールが進むにつれ、君たちはお互いのことを語り始める。もしも彼女に「あなたっていつからそういう喋り方なの?」と聞かれたら、「僕自身も分からないんだ。気がついたらこうなっていた」とでも言えばいい。
君のガール・フレンドが気の強い女の子の場合、「いじめられてなかった?」と聞いてくる可能性がある。そのときは、「ちょっとセンシティブな問題だね」と言葉を濁そう。

【20:00】そして“約束された場所”へ

Vintage taxi in street in London at night.

牡蠣を半ダースほど食べたところで、彼女はいよいよ君に聞くだろう。「ねえ、私のことどう思ってる?」――まずは少しはぐらかして、「この白、なかなか悪くないね」と答えるのがマナーだ。

チノパンのポケットからさりげなく予約した部屋のルームキーを出し、テーブルの隅に置こう。彼女が「ちゃんと言って」と怒るようなら、君はきちんとそれを言葉にしなくてはならない。――けれど、彼女への愛を打ち明ける前に、君には彼女に尋ねるべきことがある。

「ところで、村上春樹を読んだことは?」

君の可愛いガール・フレンドが首を縦に振ったら、君はすぐに彼女の手を引き、店を飛び出て、タクシーを呼べばいい。
そうでない場合――これはあまり考えたくないレア・ケースだけれど――、彼女はこんな風に君に言うかもしれない。

「村上春樹が好きな男ってみんなこうなの?」

その言葉が彼女の口から出たときには、もうすべてが終わっている。残念だけれど、僕が君に助言できることは、もう何もない。君はひとこと「海を眺めたいんだ」と言って席を立ち、勘定を半分払い、アズ・タイム・ゴーズ・バイを口ずさみながら店を出る。
君はひとりのガール・フレンドとセックスができる可能性を失い、彼女もまた、ひとりの男を失った。ザッツ・オール――ただ、それだけ。

おわりに

お洒落でミステリアス、そしてちょっとナルシスティック。そんな村上春樹風のデートプラン、ぜひ実践してみてはいかがですか?
人気作家が4年ぶりに発表する長編小説、『騎士団長殺し』。村上春樹が好きな方はもちろん、ちょっと苦手という方も本を手にとって、あのクールな世界を味わってみてはいかがでしょう。

初出:P+D MAGAZINE(2017/02/19)

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