【平成最後の夏が終わる前に】“平成の夏”を描いた名作小説8選

今年の夏は、平成最後の夏です。今回は、平成という時代の夏を振り返り、愛おしむことができるような、とっておきの現代小説を8作品集めました。

平成最後の夏が、あと1ヶ月ほどで終わろうとしています。30年間にわたる“平成”という時代は、皆さまにとってどのようなものだったでしょうか。
この記事を読まれている多くの方は、恐らくこの30年の間に青春時代を過ごされてきたことと思います。人生の大きな節目や忘れられない出会い、あるいは別れを、“平成の夏”に経験したという方も少なくないかもしれません。

今回はそんな平成という時代の夏を振り返り、愛おしむことができるような、とっておきの小説を8作品集めました。平成初期から末期までにいたる“夏”をさまざまな筆致で描いた現代小説を、ぜひお楽しみください!

 

1. 少年たちが、“死”と向き合った夏休み──『夏の庭 ―The Friends―』(湯本香樹実)

夏の庭
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【あらすじ】
小学6年生の“僕”は、同級生の山下と河辺とともに、近所でひとり暮らしをするおじいさんの“最期”を見ようと観察を始める。夏休みに入ると、おじいさんと3人の少年たちは会話を交わすようになり……。

『夏の庭―The Friends―』は1992年に発表され、国内外の児童文学賞を数多く受賞した湯本香樹実の長編小説です。仲のいい少年たちが、“死”を目撃するためにひと夏の冒険に出る──というストーリーは、映画化もされたスティーブン・キングの名作小説『スタンド・バイ・ミー』(原題:『THE BODY』)を彷彿とさせます。

“僕”、山下、河辺という3人の小学生は、山下が祖母の葬式に出席したことをきっかけに、死について考えるようになります。もうじき死ぬという噂のあるおじいさんの家の前で張り込みを始めるも、すぐに見つかってしまう3人。おじいさんは彼らに草むしりや洗濯といった家の手伝いをするよう命じ、しだいにおじいさんの家は3人にとってたまり場のような存在になっていきます。

もしかすると、歳をとるのは楽しいことなのかもしれない。歳をとればとるほど、思い出は増えるのだから。
そしていつかその持ち主があとかたもなく消えてしまっても、思い出は空気の中を漂い、雨に溶け、土に染みこんで、生き続けるとしたら……
いろんなところを漂いながら、また別のだれかの心に、ちょっとしのびこんで
みるかもしれない。時々、初めての場所なのに、なぜか来たことがあると感じたりするのは、遠い昔のだれかの思い出のいたずらなのだ。

おじいさんとの交流を通じ、歳をとること、そして死ぬことが怖くなくなっていく“僕”たち。少年たちのひと夏の成長を描いた本作は、大人の心も強く震わせてくれます。

 

2.人工知能VS男子高校生! 夏の“戦争”の行方は?──『サマーウォーズ』(岩井恭平)

サーマ-ウォーズ
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【あらすじ】
電子ネットワーク上の仮想現実世界「OZ」のシステムの保守点検のアルバイトをしている高校生・小磯健二。健二は、憧れの先輩・篠原夏希から、夏希の曾祖母を安心させるため、4日間だけ夏希の婚約者のふりをしてほしいと頼まれる。頼まれるがままに夏希の実家にやってきた健二だが、ひょんなことから「OZ」を大混乱に陥れた重要参考人とされてしまい……。

2009年の夏に公開され、さまざまなアニメーションの賞を総なめにした映画『サマーウォーズ』岩井恭平が手がけたノベライズ版は、映画のストーリーを補完するものとしても、独立した小説としても楽しめる1冊です。

2010年の夏休み、高校2年生の健二は、想いを寄せている夏希から「婚約者のふり」をするというアルバイトを打診され、それを引き受けて彼女の実家を訪れます。
深夜、健二の携帯電話に謎の数字の羅列が送られてきますが、彼はそれを自分が得意な数学の問題だと思って回答してしまいます。しかし、実はその数字は、インターネット上の仮想空間「OZ」の管理権限を奪取できるという恐ろしい暗号でした。健二は、人工知能・ラブマシーンに乗っ取られた「OZ」と混乱に陥った世界を救うため、立ち上がります。

緊張感あふれる「OZ」との対決はもちろんですが、夏希の実家での家族との心温まるやりとりが、本作の最大の魅力と言っても過言ではありません。

「もし、つらい時や苦しい時があっても、いつもと変わらず、家族みんなそろって、ごはんを食べること。一番いけないのは、おなかが空いていることと、1人でいることだから」

夏希の曾祖母・栄によるこんな言葉は、混乱に陥った健二や夏希たちをお守りのように支えます。“つながり”を鍵に人工知能に挑む健二たちの姿は非常に現代的でありながら、同時に強い普遍性を持って読み手の心を震わせます。

 

3.ある夏の日、兄の妻が失踪した──『なつのひかり』(江國香織)

なつのひかり
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【あらすじ】
20歳の栞には、3歳違いだが双生児のような兄がいる。そして兄には、美しい妻と幼い娘、そして50代の愛人がいる。ある夏の日、兄の妻である遥子がメモを残して姿を消し……。

1995年に発表された江國香織『なつのひかり』は、“双生児のような”主人公と兄という、ふたりの兄妹をめぐる長編小説です。兄の妻、遥子さんはある夏の日、

私にまかせて下さい。きっとそれを見つけてきます

という奇妙なメモ1枚を残して兄の前から姿を消します。遥子さんの居場所も、メモに書かれた“それ”というものの正体も分からない栞と兄は、すっかり途方に暮れてしまいます。ふたりは遥子さんを探す中で、さまざまな奇妙な出来事に出合うこととなるのです。

『なつのひかり』は現実と虚構が混ざり合うシュールリアリスティックな作品ですが、全編を通してどこかけだるい夏の午後のイメージが貫かれています。たとえば、栞がある昼下がりに近所を歩くシーンでは、

しゃくなげの咲いている家を通りすぎ、三輪車の置き去りにされたアパートを右に曲がって、大通りにでる。私は、日陰のない道を歩くのが好きだ。あかるすぎて、時間がとまっているように見える。白っぽい風景はめらめらと温度をあげ、街の音をどこかに閉じこめてしまう。

……と、夏の暑さや乾いた空気が読み手にも伝わってくるかのよう。繊細かつ幻想的な世界観を楽しみたい方はもちろん、夏らしい描写のある作品を読みたい方にもおすすめです。

 

4. 部屋全体が夢のようなオレンジ色だった──『窓の灯』(青山七恵)

窓の灯
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【あらすじ】
大学を辞め、喫茶店で働いているまりもは、向かいの部屋の窓の向こうをこっそり覗くことを日課としている。ある日、まりもが憧れる女性、ミカド姉さんが、“先生”という初老の人物を連れてきて……。

『窓の灯』は、2007年に『ひとり日和』で第136回芥川賞を受賞した青山七恵のデビュー作です。向かいのアパートの窓の向こうを覗き見るという、人には言えない日課を持つまりも。彼女は、まりもを気にかける“ミカド姉さん”というミステリアスな女性に憧れを寄せています。

さまざまな男を虜にさせておきながら、誰に対しても気のないそぶりをするミカド姉さんを誇りに思っているまりもは、ミカド姉さんが想いを寄せる“先生”に嫉妬します。ある夏の日の午後、“先生が待ってる”と嬉しそうにするミカド姉さんを見てショックを受けた彼女は、自分の部屋で倒れ込むように眠ってしまいます。

目が覚めたら夕方になっていた。昼間と全く変わらない強さで、その色だけ優しくなって、太陽は西に沈もうとしている。部屋全体が夢のようなオレンジ色だった。私の浅黒い体も、甘く柔らかい果実の色に染まっている。シーツに触れている部分が汗でぐっしょり濡れていたけれど、それが妙に心地よく、私はしばらくその湿り気と一日の終わりの光の中でまどろんでいた。

非常にリアルでありながらどこか官能的でもある本作の描写は、ミカド姉さんという妖艶な女性と、覗きという禁忌を犯すまりもという女性ふたりのキャラクターが相まって、熱気を帯びた独特な小説世界を創り上げています。映像的な美しさを持つ作品を味わいたい方には、一押しの作品です。

 

5.川べりの部屋に住む彼と、結婚しようと決めた夏──『大川端奇譚』(吉本ばなな)

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【あらすじ】
“私”はある夏の日、恋人の“彼”が住む家を訪ねる。彼の部屋は川べりにあった。その部屋をひと目で気に入ってしまった“私”は、彼のプロポーズを快諾し……。

『大川端奇譚』は、1993年に発表された吉本ばななの短編小説集、『とかげ』に収録されている1篇です。
取引先の会社の社員である“彼”と恋に落ちた“私”はある夏の日、彼の部屋を訪れます。そこは、大きな窓から川が見え、まるで“川がこの部屋の中心”と思えるような部屋でした。その部屋を気に入った“私”は、彼からのプロポーズに即座に「いいわよ」と答えます。

“私”には、ありとあらゆる人たちと性的な関係を結んでいたという、“彼”に隠している過去があります。“私”は彼の部屋から川を見下ろしながら、時には抑え切れないほど激しく、時には優しく穏やかになる自分の不安定な気持ちを、その流れに重ねるのです。

ここで過ごすうちに、窓からの風景が、彼にこの部屋を気にいらせて選ばせたことがよくわかってきた。

まるで盆栽のように、川のかもしだす自然の力を部屋に封じ込めたのは彼だ。

はじめは結婚に不安を感じることもあった“私”ですが、しだいにその部屋を選んだ“彼”のことを強く信頼するようになります。部屋の前を流れる川にまつわる繊細な描写はもちろん、人と人との結びつきの美しさや奇妙さも楽しめる味わい深い1篇です。

 

6.強く惹かれ合ったあの夏には、もう戻れない──『リフレインが叫んでる』(北川悦吏子)

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【あらすじ】
社会人2年目の奈緒子と圭介、弘は仲のいい幼なじみ。奈緒子と弘は交際しているが、奈緒子は密かに圭介に想いを寄せていた。ある夏の日の夜、たまたま圭介とふたりきりになった奈緒子は、思わず圭介に抱きついてしまう。

『リフレインが叫んでる』は、『あすなろ白書』や『ビューティフルライフ』といった平成を代表する恋愛ドラマを数多く手がけてきた、シナリオライターの北川悦吏子による短編小説集です。
この作品集は1991年にテレビ放映された「ユーミン・ドラマ・ブックス~ルージュの伝言」という、松任谷由実の楽曲をモチーフに制作された8篇の恋愛短編ドラマをノベライズしたもの。『リフレインが叫んでる』も、かの有名なユーミンの同名の楽曲が下敷きとなった作品です。

物語は、互いに想いを寄せている奈緒子と圭介、そして奈緒子の現在の恋人である弘の3人が、夏の日の夜に花火をしているシーンから始まります。幼なじみである3人は、複雑な恋心を秘めたまま学生の頃のように無邪気にはしゃぎ合いますが、その夜の帰り道、奈緒子が落としたイヤリングを取りに戻ったことをきっかけに、弘は出張に向かう飛行機を一本遅らせます。不運なことに、弘が乗った飛行機は事故を起こして墜落し、弘は帰らぬ人となってしまいます。

その後、お互いの気持ちを明かし合って交際を始めた奈緒子と圭介。ふたりは幸せな日々を送りますが、ある日、圭介の家に遊びに来ていた奈緒子が弘の遺したカセットを見つけてしまうのです。

「これ、弘の字……」そのインデックスは、弘が書いたものだった。
「ああ、それ、いつか弘がディレクションしてくれたんだよ、あいつマメなとこあってさ」

そのカセットとは、(作中で明示はされていないものの)ユーミンの『リフレインが叫んでる』。奈緒子と圭介はそれ以来、会うたびに弘のことを思い出すようになり、互いに強く愛し合いながらもすれ違うようになってしまいます。まるで『リフレインが叫んでる』の歌詞のように“どうして出逢ってしまったのだろう”と自問自答するふたりの姿は、読者の目にあまりにも切なく、痛々しく映ります。

カセットやクラブ、ソバージュの髪型……といった平成初期のカルチャーやファッションがそこかしこに登場するのも、作品集『冷たい雨』の魅力です。「恋愛の神様」とも謳われた北川悦吏子のドラマティックな作品群は、いま読みかえすとちょっぴり気恥ずかしくなってしまうほど、情熱的な恋愛ムードに満ちています。

 

7.夏休みのある日、私は父に“ユウカイ”される──『キッドナップ・ツアー』(角田光代)

キッドナップ・ツアー
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【あらすじ】
ハルは、小学5年生の夏休み、失踪中の父親に“ユウカイ”される。ハルは久しぶりに会った父親との旅に心を躍らせ、母親の不安をよそに、父親と心を通わせていく。

夏休みの第一日目、私はユウカイされた。

こんな衝撃的な書き出しで始まる『キッドナップ・ツアー』は、1998年に発行された角田光代による児童文学作品です。“ユウカイ”の犯人とは、数ヶ月前に疾走していた、主人公・ハルの実の父親。タイトルの通り、ハルと父親はユウカイという“旅”を通じて、壊れかけていた親子の絆を取り戻していきます。

この作品の魅力のひとつが、大人びていて少し生意気な、ハルのキャラクターです。ハルは“ユウカイ”の最中、まだ完全には心を許せない父親と、ハルの話に取り合ってくれない母親との間で、強い孤独を感じます。

私は自分が、おかあさんともおとうさんとも、だれともつながっていない子供のように思えた。(中略)おとうさんとかおかあさんとか呼べる人がまわりにいたことなんてただの一度もないような、そんな気持ちになった。そう思うことは、決してさびしいことではなく悲しいことでもなく、うっとりするほど気持ちのよいことに思えた。遠く橙の明かりを見ながら、真っ暗な波の上に体を横たえていることにとてもよく似ていた。

孤独を“うっとりするほど気持ちのよいこと”と語るハルは、一見今どきの冷めた子どものようでいて、内心では誰かとつながることを強く望んでもいます。人と人とのつながりというテーマについて考えるにはもちろん、子どもの頃の夏休みを懐かしく思い返すのにもうってつけの1冊です。

 

8.電気グルーヴ、フリッパーズ・ギター、Olive少女──『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻)

ボクたちは
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【あらすじ】
43歳の“ボク”はある日、17年前に別れた最愛の彼女に、知らないうちにフェイスブックの「友達申請」を送信してしまい……。

恋愛小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、Twitterのエモーショナルなつぶやきで人気を集める会社員“燃え殻”氏のデビュー作。43歳の主人公“ボク”が、間違ってフェイスブックの友達申請を送信してしまったことをきっかけに、17年前に別れた“最愛”の彼女のことを思い出すという物語です。

ボクが凸で、君が凹。そんな単純なパズルは世の中にはない。ボクが△で、君は☆だったりする。カチッと合わないそのイビツさを笑うことができていたら、ボクたちは今も一緒にいられたのかもしれない。

……こんなリアルかつ切実な描写に、つい自分の過去の恋を重ねてセンチメンタルな気持ちになってしまう読者も多いのではないでしょうか。実際にこの小説はインターネットを中心に“共感”の嵐を巻き起こし、発売1ヶ月で7万部を売り上げるという異例の大ヒットを記録しました。

本作の魅力のひとつは、電気グルーヴやフリッパーズ・ギター、雑誌『Olive』といった1990年代後期のカルチャーについての詳細な描写が、さまざまな箇所に見られること。それらの描写は、平成初期に青春時代を過ごした人ならば懐かしく、いままさに青春時代を生きている若者ならば新鮮に感じるはずです。
恋愛の切なさや一瞬の輝きを追体験するのにはもちろん、平成初期のリアルな空気を今味わうのにもおすすめの1冊です。

 

おわりに

皆さまは、まさに今、平成最後の夏をどんな気持ちで迎えられているでしょう。仕事や学校で忙しく、いつもと特段変わらない夏だという方もいれば、なんだかセンチメンタルな気持ちになってソワソワしている……という方もいらっしゃるかもしれません。
いずれにせよ、平成最後、平成30年の夏はたった一度きり。短いこの既設、暑さが和らいできたころに「もっと読書しておけばよかったなあ」なんて後悔をしないよう、気になった本にはどんどん手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2018/08/10)

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