モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」③その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第4回】
Kenjiはジャック・ケルアックの『The Dharma Bums』(邦題「禅ヒッピー」)という小説を強く勧めた。著者の擬似自叙伝のような作品であり、東洋の知性である「禅」と西洋の進歩的な哲学を融合させようとする著者が内面で覚える葛藤が主題となる。ゲイリー・スナイダーもケネス・レックスロスもこの小説中で登場人物として描かれている。スナイダーを元にした登場人物「ジャフィー・ライダー」は、主人公が隠遁生活を志すのとは反対に世俗を肯定する。お姫様のように清純な若い女性を連れて来たジャフィーの誘いで、チベット密教の儀式だとされる「Yab Yum=ヤブ・ユム」が実行される件もある。主人公とジャフィーはお姫様を挟んで神秘的な性の儀式を行う。ケルアックの文では果たして「ヤブ・ユム」が何なのか、ほとんど形容されていない。だが読者はエキゾチックなチベット語に神秘を感じ、異次元への懸け橋となるような甘美な光景を思い浮かべるのだ。この当時、薬物を深く極めた学生たちの間で「禅ヒッピー」は経典のように読まれていた。
ただ、Kenji本人が「ヤブ・ユム」を体験したわけでは決してなかった。全寮制の名門校で中学と高校を過ごしたKenjiは白人社会の中の数少ない東洋系ということもあり、なかなか異性との出会いに恵まれなかった。したがって性的興奮を高めるために用いられるアミル・ナイトライトを吸引したことがある割にはそれほど性体験を重ねていない。Kenjiに比べるとぼくの方が分厚かった。一例を挙げるなら、ぼくはゲイ・セックスを寸前までやったこともある。Kenjiはそこまでやったことがない。その点では、ぼくが先を行っていた。
江戸文学を専攻する大学院生の先輩から世界最高グレードの大麻を勧められたのは1983年の5月だった。その数カ月前、ゲイ・セックスとのニアミスが起きていた。ハーバードの寮の一つ、鉄筋コンクリート製の「Mather House=マザー・ハウス」に住んでいたのだが、大部屋に4人から5人が同居する設計になっていた。大部屋はそれぞれ「スイート」と呼ばれ、スイート同士は共有のトイレ・シャワー室でつながっている。シャワーの「こちら側」と「あっち側」の住人を合わせると平均的に8人から10人程度。シャワー室1つを隔てているだけなのに、それぞれのスイートはとても遠く感じられ、日々の社交は同じスイートの4人か5人の小さな村の中へと限定された。
寮ごとに備わった大食堂で夕食を食べる時にも、スイートごとに固まる傾向が見られた。大食堂で一番まずかったのは蒸した緑色の野菜料理と、どのドレッシングをかけても味が変わらないカリフラワーだった。塩だけで味付けをしたようなグリルチキンも貧相だった。反対にラザニアはトマト味がとてもうまく、おかわりをしようと思う頃には同じ考えの学生に先を越されてなくなっていることもしばしばあった。深夜にキャンパス近くのピザ屋に行ったり、スイートの全員が料金を出し合って大型のピザを「トッピング全部乗せ」で出前させたりすることも日常的だった。