モーリー・ロバートソンが語る、「ぼくたちは何を読んできたか」①その青春の軌跡 モーリーのBOOK JOCKEY【第2回】

ボストンに隣接するケインブリッジ市にあるハーバードのキャンパスは広大な敷地にある。建物はレンガ造りで緑が生い茂り、白い木造建築のオフィスが点在し、渋めの奥行ある色合いが視界いっぱいに広がる場所だった。ギリシャ建築を模した巨大建造物のワイドナー図書館は北米で最大規模の蔵書数を誇り、キャンパス中央にそびえ立っていた。この図書館だけでも300万冊あまりの書籍が所蔵されており、棚の総延長は92キロメートルに達する。知的レベルがあまりに高いキャンパスでは、何を言っても議論に勝てればタブーがなく、数学から文学まで世界最高峰の頭脳が集められ、空気中に充満する電子がプラズマ化して超電導が起こりそうだった。

この極めてIQの高い全寮制の学園で寝泊まりするうち、徐々にハーバードの自由だが厳しい校風が体に染みこんでいった。追いつけるか追いつけないかのぎりぎりのところをいつも行っていた。日々課せられる読書ノルマやリサーチの宿題が尋常ではない。論文を期日通りに提出しないとハガキが郵便受けに届き、二日後には呼び出され、それでも提出が遅れるとたちまち落第させられる。家族の不幸や手術などを除いて、これらの期限に例外は認められなかった。大学1年生が24時間オープンの図書館で夜を徹して調べ物をする姿が見られ、相部屋の寝室から電動タイプライターを打つ音が聞こえ、深夜帯に騒ぐ声が聞こえるのは金曜と土曜だけだった。

1学期目の前半で最初の脱落者が数人出た。麻薬の密売を行って逮捕された男子と急性アルコール中毒で入院した女子だった。1学期目の半ばには論文の剽窃(ひょうせつ)で女子が1人停学処分を受け、2学期の始まりには石油王の息子を自称し、誕生日にルームメイトを自家用ジェットでパリまで連れて行った男子がより深刻な論文剽窃で退学となった。これらの脱落者が出るたびに大学新聞の「ハーバード・クリムゾン」に大きく記事が載った。報じる記者も読むのもハーバードの学生であり、こうした記事はある種の公開処刑として作用した。

とにかく論文は剽窃してはならない。課題は期日通り提出しなくてはならない。アルコールや麻薬に溺れても論文提出の圧力は消えてなくなってくれない。ごく身近な者が落ちてしまうと次は自分の番かもしれないと感じた。「あいつはもともと、だめなやつだったんだよ」とうわさ話をして気休めにすることもあった。妙な話だが「まだ落ちていない」という手応えは、心に誇りの感情を植えつけていくこともあった。脳内の電圧が超電導に向かって上がっていく日々だった。

芥川賞をめぐるトリビアまとめ。
『労働法改革は現場に学べ!これからの雇用・労働法制』