【幻想文学とは?】海外での発展とその黄金時代について-東雅夫の幻妖ブックデジタル(第6回)

こうしたことは、以前、ちくま文庫版〈世界幻想文学大全〉の『怪奇小説精華』と『幻想小説神髄』を編むに際して、私自身、身を以て痛感させられたところなのだ。

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この両書は、海外幻想文学ジャンルのオールタイム・ベスト──決定的名作の数々を「怪奇」(ホラー)と「幻想」(ファンタジー)という括りで、それぞれに精選収録することを唯一最大の目標に企画編纂したアンソロジーだった。

『世界幻想文学大全 怪奇小説精華』
(東雅夫編/ちくま文庫)

  • 嘘好き、または懐疑者(ルキアノス/高津春繁訳)150頃
  • 石清虚/龍肉/小猟犬(蒲松齢/柴田天馬訳)1679
  • ヴィール夫人の亡霊(デフォー/岡本綺堂訳)1706
  • ロカルノの女乞食(クライスト/種村季弘訳)1810
  • スペードの女王(プーシキン/神西清訳)1834
  • イールのヴィーナス(メリメ/杉捷夫訳)1837
  • 幽霊屋敷(リットン/平井呈一訳)1859
  • アッシャア家の崩没(ポオ/龍膽寺旻訳)1839
  • ヴィイ(ゴーゴリ/小平武訳)1835
  • クラリモンド(ゴーチエ/芥川龍之介訳)1836
  • 背の高い女(アラルコン/堀内研二訳)1881
  • オルラ(モーパッサン/青柳瑞穂訳)1886
  • 猿の手(ジェイコブズ/倉阪鬼一郎訳)1902
  • 獣の印(キプリング/橋本槇矩訳)1888
  • 蜘蛛(エーヴェルス/前川道介訳)1909
  • 羽根まくら(キローガ/甕由己夫訳)1917
  • 闇の路地(ジャン・レイ/森茂太郎訳)1942
  • 占拠された屋敷(コルタサル/木村榮一訳)1951

 

『世界幻想文学大全 幻想小説神髄』
(東雅夫編/ちくま文庫)

  • 天堂より神の不在を告げる死せるキリストの言葉(ジャン・パウル/池田信雄訳)1790
  • ザイスの学徒(ノヴァーリス/山室静訳)1798
  • 金髪のエックベルト(ティーク/今泉文子訳)1796
  • 黄金宝壺(ホフマン/石川道雄訳)1815
  • ヴェラ(リラダン/齋藤磯雄訳)1883
  • アウル・クリーク橋の一事件(ビアス/中村能三訳)1891
  • 精(マクラウド/松村みね子訳)1896
  • 白魔(マッケン/南條竹則訳)1899
  • 光と影(ソログープ/中山省三郎訳)1894
  • 大地炎上(シュウォッブ/多田智満子訳)1892
  • なぞ(デ・ラ・メア/紀田順一郎訳)1923
  • 衣裳戸棚(トーマス・マン/実吉捷郎訳)1899
  • バブルクンドの崩壊(ダンセイニ/佐藤正明訳)1908
  • 月の王(アポリネール/窪田般彌訳)1916
  • 剣を鍛える話(魯迅/竹内好訳)1926
  • 父の気がかり(カフカ/池内紀訳)1915
  • 沖の小娘(シュペルヴィエル/堀口大學訳)1931
  • 洞窟(ザミャーチン/川端香男里訳)1921
  • クレプシドラ・サナトリウム(シュルツ/工藤幸雄訳)1937
  • アレフ(ボルヘス/牛島信明訳)1949

※末尾の数字は各作品の発表(執筆)された年を示す。19世紀が傑出した「小説の世紀」であることが、一目瞭然だろう。

それゆえ、特に発表年代にこだわることはせず、あくまで内容本位で、幻想文学オールタイム・ベストな作品を粛々と選んでいったのだが……結果的に、19世紀前半に書かれた作品が多くを占める結果となった。

その後の文学はもとより、演劇、映画、漫画、アニメ──ありとあらゆるエンターテインメント・ジャンルにおける「幻想と怪奇の物語」の原型と規範が、この時期、それぞれの国の近代文学を開拓し牽引した文豪たちの手で、まさに堰を切ったように形成されていったのだった。

ならば、当時の日本は如何に?

……ということで次回は、同時代の日本の幻想文学シーンを紹介したいと思う。


東 雅夫(ひがし まさお)

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1958年、神奈川県横須賀市生まれ。アンソロジスト、文芸評論家、怪談専門誌「幽」編集顧問。ふるさと怪談トークライブ代表。早稲田大学文学部日本文学科卒。1982年に研究批評誌「幻想文学」を創刊、2003年の終刊まで21年間にわたり編集長を務めた。近年は各種アンソロジーの企画編纂や、幻想文学・ホラーを中心とする批評、怪談研究などの分野で著述・講演活動を展開中。2011年、著書『遠野物語と怪談の時代』(角川学芸出版)で、第64回日本推理作家協会賞を受賞した。

評論家として「ホラー・ジャパネスク」や「800字小説」「怪談文芸」などを提唱。NHKテレビ番組「妖しき文豪怪談」「日本怪談百物語」シリーズ等の企画監修や、「幽」怪談文学賞、「幽」怪談実話コンテスト、ビーケーワン怪談大賞、みちのく怪談コンテストなど各種文学賞の選考委員も務める。著書に『文学の極意は怪談である』(筑摩書房)『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』(学研新書)『百物語の怪談史』(角川ソフィア文庫)ほか、編纂書に『文豪怪談傑作選』(ちくま文庫)『伝奇ノ匣』(学研M文庫)『てのひら怪談』(ポプラ文庫)の各シリーズほかがある。


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初出:P+D MAGAZINE(2016/06/03)

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