池上彰・総理の秘密<22>
政府の長が、自分の考えを述べる演説のことを「所信表明演説」と言い、この中で総理大臣は、内閣の基本的姿勢や、取り組むべき課題について述べます。この演説原稿は、いったい誰が書いているのでしょうか?その原稿が出来るまでを、池上彰がわかりやすく解説します。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラム。
総理の演説原稿誰が書く?
総理大臣が国会で行なう所信表明演説や施政方針演説。その演説原稿は誰が書いているのでしょうか。
ちなみに、総理大臣に指名されて最初に行なう演説が「所信表明演説」で、毎年の通常国会の最初にするのが「施政方針演説」とよばれます。
かつて歴代の自民党政権時代は、次のようなステップを踏んでいました。内閣官房が各省庁に対し、「総理演説に盛り込みたい内容を提出するように」と連絡。各省庁は、「これを盛り込んでほしい」との内容を提出します。これを「短冊」とよびます。内閣官房は、短冊を並べ、総理の意向を聞きながら原稿を作成します。
次に総理や官房長官、副官房長官が集まり、「読会」を開きます。原稿をみんなで読み合わせして、内容を詰めていくのです。
原稿ができると、内容を各省庁のスタッフ(企画官)に知らせ、内容のすり合わせをします。このとき各省庁から修正要求が出て書き換えられることもあります。こうして完成するのですから、「官僚主導」の総理演説になりがちです。政策課題を読み上げるだけの面白味のない総理演説になっていました。
これには批判もあり、中曽根総理や大平総理、小渕総理などは外部のブレーンのアイデアを盛り込んだりしていました。 総理の演説原稿づくりに力を入れたのは、鳩山由紀夫総理でした。官僚主導ではなく、松井孝治副官房長官を中心に、劇作家の平田オリザ氏が参画して、従来にない原稿ができました。
「あの暑い夏の総選挙の日から」という書き出しの所信表明演説や、「いのちを、守りたい」で始まる施政方針演説は、こうして生まれました。演説文は人々を感動させるものになりましたが、この原稿を読み上げた人は、さっさと退陣してしまいました。
施政方針演説 2010年(平成22)1月29日、参議院本会議で施政方針演説をする鳩山由紀夫総理。写真/共同通信社
池上彰 プロフイール
いけがみ・あきら ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。
(『池上彰と学ぶ日本の総理22』小学館より)
初出:P+D MAGAZINE(2017/04/28)