芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第5回】たまには懐メロもいいものだ

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第5回目は、柴田翔著の『されど われらが日々ーー』を取り上げ、青春群像をみずみずしく描いたその作品の魅力を解説します。

’60年代の若者のバイブルとなった青春文学、柴田翔『されど われらが日々――』について

【今回の作品】
柴田翔 『されど われらが日々──』 ’60年代の若者のバイブルとなった青春文学

若い人はテレビなどあまり見ないのではないかと思います。見るとしても自分用のテレビで、一人で見るのではないでしょうか。ぼくの子どものころは、テレビというものは一家に一台しかなく、それを家族みんなで見たものでした。ですから、老人たちが見ているテレビの横で、宿題なんかやっていましたね。

老人たちが好きな番組といえば、懐メロですね。もはやヒット曲を出せなくなった往年の歌手が出てきて旧い歌を歌う。老人たちにとっては懐かしい歌でも、ぼくにとってはなじみのない歌です。つまらないなと最初は思っているのですが、何度かその種の番組を見ているうちに、歌手の名前も曲も覚えてしまって、昔の曲もなかなかいいものだなと思ったりしたものです。

ということで、たまには昔の小説を読んでみるのもいいのではないでしょうか。今回ご紹介するのは柴田翔『されど われらが日々──』です。ぼくがこれを読んだのは高校一年生の時ですね。1964年の芥川賞受賞作です。何と、ほぼ半世紀前の作品ですね。それをリアルタイムで読んだぼくも、生きた化石みたいな存在かもしれません。

青春の挫折を、センチメンタルに描く

この作品は大学院生が主人公です。数年前、仲間たちとともに革命運動にかかわっていた若者たちが、次々に挫折して、自殺していく……。というような何とも暗い話です。
革命運動なんて、そんなものがこの日本にあったのかと、つっこまないでください。あったんですよ。ぼくが大学生だったころにもあったくらいです。柴田翔さんは、ぼくより一世代上の人で、終戦直後の混乱期に学生時代を送ったようですね。その当時は、この混乱に乗じて一気に革命を起こそうという勢力があったようで……。

まあ、幕末の新撰組みたいなものだと考えてください。こう言うと、ちょっとかっこいいな、という気がしてきたでしょう。終戦直後の共産党は、一気に武力革命を実現しようとして、山村工作隊などというものを作って、農民を革命運動に巻き込もうと画策していたのです。
でも世の中が落ち着いてきたので、もう武力革命の計画は中止だ、これからは民主主義を守って、選挙で国会に議員を送り出すのだ、ということになって、武闘訓練をしていた若者たちは、生きる目標を見失ってしまうのですね。
そういう挫折した青春群像を、甘いセンチメンタルな文体で書いたのがこの作品です。芥川賞を受賞したこともあって、大ベストセラーになりました。

この作品の特徴は、文体も、発想も、主人公のキャラクターも、べたべたにセンチメンタルだということです。
いまの若い人は、どのように受け止めるでしょうか。
革命に命をかける、ということが、わからないと思います。でも、何かを信じている人が、そのことにめろめろになるということなら、わかっていただけるのではないでしょうか。

登場人物たちとともに“熱狂”してみよう

革命運動は、恋愛に似ています。とにかく命をかけたくなってしまうのですね。
恋愛の場合、男も女もたくさん存在するのだから、とくにその人を想って命をかけなくても、別の人でもいいのじゃないかとも思うのですが、当人は冷静さを失っていて、ただ一人の人に尽くしたくなってしまう。革命だって、どうしても革命しなければならないというわけではなく、べつにいまのままの社会でも生きていけないわけじゃないでしょう、という気がするのですが、そういうわけにもいかないのですね。

恋でも、革命でも、冷静な常識人には理解しがたい熱狂があって、悲劇のヒーローやヒロインになったつもりで、もう絶望だ、どうしようもない、と泣き叫んでいる当人は、自分のそうした状況に陶酔しきっているのです。
どうせ読むのだったら、常識は捨てましょう。登場人物たちといっしょになって、熱狂の中に身を置いて、ほろりと涙を流してみるのも、文学の楽しみではないでしょうか。
とはいうものの、ここまで書いてきて、やっぱり不安になってきました。この作品、どこまでいまの若い読者の胸に届くのか……。

もう一度言いますが、これは新撰組です。それも、名もなく、かっこ悪い、現代の新撰組の物語なのです。何かを信じるということさえなければ、平凡で穏やかな人生を送れたかもしれない若者たちが、なまじ夢をもってしまったために、生きることがつらくなるという悲劇を描いた作品です。
夢なんかもたない方が、楽に生きられる。でも夢のない人生は寂しい。そういう時に、こわいもの見たさみたいな感じで、夢を見て傷ついた若者を描いた小説を読んでみる。小説って、とてもスリリングなものなのです。

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初出:P+D MAGAZINE(2016/10/13)

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