〈第9回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト2」

警視庁レッドリスト2

CASE2クライマックス!
慎が暴いたストーカーの正体とは?

 後半は口調と眼差しを緩めて語りかける。慎を見つめ、宇佐美は問い返した。

「断るか、阿久津さんに言われたことを公安に伝えたら?」

「この三年間必死に隠し通してきたことが、全て明るみに出るでしょうね。そうなっても、公安は何もしませんよ。新たなエスを見つけるだけです」

 あっさり返すと宇佐美は息をつき、天井を仰いだ。それから観念したように慎を見て、首を縦に振った。

「わかりました。でも、どうしてこんなことを。盾の家の報復を恐れているなら──」

「了承いただければ結構。早速行動に移って下さい。市川に接近する際には、エスと化学教師双方の立場と知識を活用するといいでしょう。ただし、くれぐれも慎重に」

 カップのコーヒーを飲み干しつつ簡潔に告げると、宇佐美は気圧されたように「はあ」と答えた。

「しかし、時間がかかりますよ。市川と話したことはないし、私が公安とつながっているのを知られています。それに、市川は用心深くて側近にも心を許さないと聞きました。『近づくほど見えないものが増える』と言ったとかなんとか」

「ならば好都合。下手な小細工はせず、正面からコンタクトを取るべきです……市川も頭のいい男のようですね。『近づくほど見えないものが増える』とは、真理を突いています」

 微笑んで、後半は独り言のようになりながら慎は言った。宇佐美は顔をしかめ、思わずといった様子で「市川もって」と突っ込んだが、慎の耳には入らない。

 ふいに違和感を覚え、慎の思考は停止した。真顔に戻り、違和感の正体を探る。

「──三月の物損事故も調べ直した方がよくないですか? 意外とあれもストーカー絡みだったりして」。頭の中に、昨夜のみひろの発言が再生された。続いて手のひらを横に振り、「後ろの人は悪くないです」と言う生田の姿が浮かび、最後に「彩菜は人気者なので」「何かあったら、あの子の親に顔向けできませんから」とため息をつく松尾重治の姿も蘇った。たちまち違和感は消え、一つの仮説が導きだされる。

「あの」

 宇佐美の声に、我に返った。慎は怪訝そうに自分を見ている宇佐美に向き直り、告げた。

「また連絡します」

 そして席を立ち、トレイとビジネスバッグを手に歩きだした。通りかかった店員の女性にトレイを渡して店を出るまで、背中に呆然とした宇佐美の視線を感じた。

 

 13

 出勤途中のみひろに慎からLINEのメッセージで、「やることが出来たので、一足先に町田北署に向かいます。三雲さんは電車で直行して下さい」と伝えられた。訝しく思いながらもみひろは途中下車して電車を乗り換え、町田に向かった。

 午前九時前に町田北署に着き、二階に上がった。廊下を進み、ノックして会議室のドアを開けた。室内に慎の姿はなく、手前の長机に生田と松尾が着いていた。

「おはようございます。もういらしていたんですか」

 そう挨拶し、みひろは室内を進んだ。生田は腰を浮かせて会釈を返した。

「おはようございます。さっき阿久津さんから、『なるべく早く町田北署に来て欲しい』と連絡があったんです……あの。昨夜はすみませんでした」

 最後のワンフレーズは目を伏せて言い、椅子に腰を戻す。今日は赤いパーカーにデニムのスカートという格好で、長い髪を肩に下ろしている。

 勢いで私たちに水野さんへの気持ちを打ち明けちゃったけど、余裕を取り戻して恥ずかしくなったのね。わかるわかる。でも、後悔はしてなさそうでよかった。微笑ましく思い、みひろは「いえいえ」と返した。こちらの意図が伝わったのか生田は顔を赤らめ、それを隣の松尾が訝しげに見る。二人の向かいの長机にバッグを置いて座り、みひろは問うた。

「松尾さんは付き添いですか? 早くから大変ですね」

「阿久津さんに彩菜と一緒に来て欲しいと言われて、店を臨時休業にして来ました。何かわかったんですか?」

 松尾は心配そうに問い返した。こちらは白いコットンニットに茶色のスラックス姿だ。みひろが答えようとした時、ドアが開いて慎が顔を出した。

「お待たせしました。みなさん、お揃いですね」

 清々しい笑みとともに告げ、ビジネスバッグとファイルを手にこちらに歩み寄って来た。部屋の奥の窓にはブラインドが下ろされているが、両脇から明るい朝日が漏れている。

 生田たちが挨拶を返し、慎はみひろの隣に着席した。ビジネスバッグからノートパソコンを出して机上にセットし、向かいを見る。

「時間をムダにしたくないので、粛々と進めましょう。まずはこれをご覧下さい」

 笑みをキープして言い、ファイルから書類を一枚取り出して向かいに掲げた。みひろは隣に首を突き出し、書類を覗く。プリントアウトした写真で、モノクロだ。道路に並んで停まる車を、斜め上から写している。車のライトが白くぼんやりと発光しているので、夜間に撮影されたのだろう。

「これは小田急線鶴川駅近くの国道の交差点に設置された車両捜査支援システム、通称・Nシステムの赤外線カメラの写真です。撮影日時は今年の三月八日の午後七時。つまり、生田さんが物損事故を起こす直前です」

 言いながら、慎は写真の上に表示された日付と時間を指し、続いて車列の前から二番目の軽自動車を指した。とたんに、生田が目を見開いた。

「それ、私の車です」

「その通り。そして、生田さんの車の後ろにいるこの車」

 そう続け、慎は指を動かした。軽自動車の後ろには、白いコンパクトカーが停まっている。首を縦に振り、生田は言った。

「覚えてます。事故を起こした時にも、その車が後ろにいました。でも、運転している人は見ていません」

「ご心配なく。Nシステムのカメラが記録しています。この車のナンバープレートはレンタカーのもので、運転者はキャップとマスクで顔を隠していました。しかしこの車を所有しているレンタカー業者を割り出し、運転者が車を借りる際に提示した運転免許証のコピーを取り寄せました」

 慎は交差点の写真を机上に置き、ファイルから別の書類を取り出して掲げた。言葉通り、運転免許証のコピーだ。が、目をこらし、拡大して粗くなった免許の所有者の氏名と顔写真を確認したとたん、みひろと生田は同時に、

「えっ⁉」

 と声を上げた。氏名と顔写真は、松尾のものだ。みひろたちに目を向けられ、松尾は驚いたように答えた。

「確かに用があって車を借りた。でもすっかり忘れてたし、彩菜の車が前にいたなんて気づかなかったよ。すごい偶然だな」

「偶然。そうですか」

 クールに返し、慎はコピーを下ろし三枚目の書類をファイルから出して掲げた。みひろ、生田、松尾の視線が一斉に動く。

 三枚目も写真だった。こちらを撮影したカメラは歩道に設置されたもののようで、手前には歩行者と自転車に乗った人が写っている。奥には歩道と並行して走る車道の端が写り込み、さっきと同じ白いコンパクトカーが停まっていた。そしてその後ろには一人の男性がコンパクトカーに背中を向ける格好で、前方を窺うようにして立っている。キャップで目は見えないがマスクは引き下げられ、露わになった鼻の下と顎の先のヒゲは、目の前の松尾と同じだ。みひろが再び声を上げかけた時、慎の声がした。

「こちらは生田さんの事故が発生した後、国道沿いの歩道の防犯カメラに記録されていた映像です。ちなみにこの時、あなたが見ている二十メートルほど先で、生田さん立ち会いのもと、水野巡査と山之内巡査長による事故の状況確認が行われていました」

 振り向いたみひろの目に、慎の白く整った横顔が映る。その顔から笑みは消え、メガネの奥の目はまっすぐに松尾を見ていた。首を横に振って松尾が何か言いかけ、それを遮るようにして慎は続けた。

「まあ、これも偶然で違うものを見ていたと言われればそれまでですが。その場合、投書が投函されたポストと、生田さんが尾行や監視をされた場所付近に設置された防犯カメラの画像がここに」

 淀みなく語りながら、ファイルの中に手を入れて探る。とたんに、松尾が椅子を蹴って立ち上がった。

「やめてくれ!」

 ぴたりと手を止め、慎は向かいを見た。それを見返し、松尾は言った。

「わかった。あんたの言うとおりだ」

「言うとおりとは、生田さんへのストーキング及び水野巡査に関する投書を行ったのは自分だと認めるという──」

 首をぶんぶんと縦に振って慎の言葉を遮り、松尾は早口で返した。

「ああ。全部認める。俺がやった」

「了解しました」

 無表情に頷き、慎はスマホを出して誰かに電話をかけた。その姿をみひろが呆然と見ていると、生田が言った。

「重治おじさん。どうして」

「心配だからに決まってるだろ。彩菜は可愛いし、東京は物騒だ。でも口うるさく言うと嫌がるから、遠くで見守ってたんだ。事故の時だって後ろから見てるだけのつもりだったけど、彩菜の運転が危なっかしくてつい間を詰めちゃったんだよ」

 信じられない様子で自分を見上げる生田の顔を覗き、松尾は告げた。困惑し、生田は返す。

「見守るって、でもあの視線は」

「みんな誤解してるんだ。現に水野が現れたじゃないか。あんな暗くてうだつの上がらない男、彩菜にふさわしくない。彩菜だって、事故現場でちょっと優しくされたから好きだと思い込んでるだけだよ」

「えっ。おじさん、私が水野さんを好きだって知ってたの?」

 驚き、生田は問うた。何を誤解したのか、松尾は誇らしげに「ああ」と頷き、

「当たり前だろ。彩菜のことは何でも知ってるよ」

 と答えた。満面の笑みだが生田に向けられた視線はねっとりとして、嫌な感じの熱を帯びている。

「……キモっ」

 みひろの頭に浮かんだのと同じ言葉を口にして、生田は身を引いた。みるみる顔を歪ませ、松尾は何か返そうとした。と、ドアが開いて多々良とスーツ姿の男性二人が会議室に入って来た。三人は松尾に歩み寄り、スーツ姿の男性の一人が「ご同行願います」と告げ、もう一人が松尾を立たせた。男性二人はストーカー犯罪担当の生活安全課の刑事で、慎が電話で呼んだのだろう。

「誤解だって!」と騒ぐ松尾を男性二人がなだめ、両側から肩と腕を掴んで会議室を出て行った。それを呆然と見送る生田には多々良が、「後ほど係の者が来ます」と告げて男性たちに続く。みひろと慎も続き、会議室を出た。

「『やること』って、画像の確認ですか。よくあんな短時間で投書が投函されたポストを特定したり、生田さんがストーカー被害に遭った時の画像を探したりできましたね」

 廊下を遠ざかって行く四人の背中を見ながら、みひろは言った。同じ方を見て、慎は応えた。

「さすがの僕も、それは無理です。確認したのは先ほど見せた画像と、運転免許証のコピーだけです」

「でも、『画像がここに』って言って、書類を出そうとしましたよね?」

「『画像がここにあったらいいな』と言いたかっただけで、松尾が勝手に誤解したんです」

 しれっと返され、みひろは呆気に取られつつも話を続けた。

「はあ。じゃあ、あんなに画像の確認を避けたがってた多々良さんたちを説得したのも」

「『画像を確認すればストーカーと投書の犯人が判明し、水野巡査の潔白が証明されます』と言ったんですよ。加えて、『ストーカー犯が確定した場合、対処が遅れると大きな問題になりますよ』とも」

「多々良さんたちの、世間体と保身第一の考えを逆手に取ったんですね。室長、改めてすごいです。あと、Nシステムと防犯カメラもすごい」

 みひろは感心したが、慎は「今さらですか?」と呆れて語りだした。

「国内に設置されているNシステムは、二〇一五年五月時点で千六百九十台。また都内に設置されている防犯カメラは、警視庁と民間のものを合わせると二十五万台以上あると言われています。肖像権やプライバシー権など問題はありますが、画像は動かぬ証拠であり、捜査の迅速・効率化のためにも不可欠な設備です」

 語り終えるなり顎を上げ、メガネにかかった前髪を払う。

 室長が設置した訳じゃないのに、なんで自慢口調なのよ。警察=自分ってこと? だとしたら、ストーカーとは別の意味でキモっ。心の中で毒づきつつも笑みを作り、みひろは「やっぱりね〜」とだけ返した。

 足音がして視線を前に戻すと、廊下の向こうから制服姿の水野が歩いて来る。みひろたちに気づき、小走りで駆け寄って来た。

 


「警視庁レッドリスト」シリーズ連載アーカイヴ

 

加藤実秋(かとう・みあき)
1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。
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