出口治明の「死ぬまで勉強」 第6回 料理をしながら「おいしい人生」について考える

「おいしい料理」を因数分解すると、「さまざまな材料」と「上手な調理法」を上手に掛け合わせること。これを人生に置き換えると、「さまざまな知識」と「自分の頭で考える力」を掛け算すれば「おいしい生活」につながることがわかる。

■人と旅

 僕が最初に出会った本の話からずいぶんそれてしまいました。僕は常日頃から、人間が情報をインプットするには「人・本・旅」の3つが大切であると思っています。ここで本以外のふたつについて、簡単に触れておきましょう。
「人から学ぶ」というと、何かを成した人、成功者から学ぶことを思い浮かべる人が多いと思います。しかし、必ずしもそういった人にばかり出会えるとは限りません。むしろ、そんな人に出会えるのは、人生において稀なことだといえるでしょう。
 日常生活においては、自分から行動を起こさない限り、毎日同じ人と会い、似たような会話をするなど、大きな変化のない日々を繰り返すことになります。それだけに、いかに自分に刺激をくれる人と出会うか──。人から学ぶには、その点が重要なポイントになってきます。
 そのためには、「数多くの人と出会ってみる」しかありません。誰かに誘われたり、興味をそそられるような会合を耳にしたりしたら、まずはその場に出かけてみることをお勧めします。結果的に、つまらないものであったなら、早々に切り上げて退散すればいいだけの話です。ダメでもともと、という気持ちで、とにかく人に会ってみましょう。
 書店に行くと『人脈の広げ方』といった類いのビジネス書が並んでいます。人脈を広げるのはけっして悪いことではありません。ただ、その人脈を「漫然と広げていく」のでは意味がないのです。自分にとっても相手にとっても有益な付き合いができれば、その人との関係から多くの学びを得ることができるようになるでしょう。
 たとえば僕は、基本的に「その人が自分にとって面白いかどうか」で付き合う相手を選んでいます。自分にはない考え方をする人、自分とは違う視点から物事を捉える人、逆に、趣味や興味が一致する人など、会っていて楽しいと思える人との交流は、何よりも勉強になります。
 こういった人は、わざわざ探しにいかなくとも、意外と身近なところにいたりするものです。僕には会社員時代の上司で、いまでも親しくお付き合いをさせていただいている方がいます。現役時代から仕事ができ、颯爽として格好がよく、いつも真似をしたくなるような先輩でした。みなさんの周りにも、そういった、思わず真似したくなるような先輩や上司がひとりやふたり、いるのではないかと思います。
 ライバルや恋人の存在もまた、自分を成長させるモチベーションとなります。「あいつにだけは負けたくない」と思えばこそ、仕事や勉強だけではなく、趣味や雑学的な知識をも吸収しようとする動機になります。「好きな人と少しでも長く話がしたい」と思えば、その相手が興味を持っていることを、自ずと学んでみる気になるでしょう。誰しも、自分の好きなこと、興味があることを話題にされると会話が弾むものです。そしてそこには新たな発見があり、さらなる学びへとつながっていくのです。

 旅もまた、学びの場です。日常から離れてどこかへ行くことは、その土地に五感で触れることです。空気や水の違いを肌や舌で感じ、見たことのない景色や色彩を目にし、聞いたことのない音、触れたことのない風や臭いを感じる――。この、体に刻み込まれる未知の体験のすべてが、興味の導火線となることがしばしばあるのです。
 なぜこの土地にはこういう料理があるのか、なぜこの国にはこういった建築物が多いのか──。興味の導火線に火がつけば、「なぜ」から始まる学びのきっかけが生まれてくるのです。
 加えて僕は、何も飛行機や新幹線を使わなくても、十分に旅はできると考えています。吉行淳之介のエッセイに『街角の煙草屋までの旅』という作品があります。
 彼はこのなかで、ヘンリー・ミラーの「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という小説から次のような引用を行っています。

『私たちが飲み屋や角の八百屋まで歩いて行くときでさえ、それが、二度と戻って来ないことになるかもしれない旅だということに気が付いているだろうか。そのことを鋭く感じ、家から一歩外へ出る度に航海に出たという気になれば、それで人生が少しは変るのではないだろうか』(『吉行淳之介全集 第13巻』新潮社)

 さらに、このミラーの小説から吉行は、『ここに引用した部分を私の都合のいいようにねじ曲げると、「街角の煙草屋まで行くのも、旅と呼んでいい」ことになる』と解釈しています。いつも通っている煙草屋までの道であっても、目の付けどころによっては、旅行しているときと同じような発見があるというのです。
 ビジネスパーソンならば、たとえば取引先で、普段の職場では目にすることができないシーンを見ることもあるでしょう。それを漫然と見て終わるのではなく、自分の職場とどこがどう違うのか、書類やデータで知っていた「机上の資料」と実物がどう違うのかを、五感をフルに活用して感じることもまた、新たな学びへとつながっていくのです。
 
死ぬまで勉強第6回文中画像

イラスト:吉田しんこ

 

■おいしい人生を送るための「知識×考える力」

 これまでの僕自身の経験から言わせていただくと、これから必要とされるグローバルな人材は、アップル社の創設者のひとりであるスティーブ・ジョブズのような人だと思っています。つまり、学識と思考力と発想力が豊かな人であり、グローバル人材に必要なものはその3つだということです。もっとシンプルにいえば、「いろいろな材料を集めて、自分の頭で、自分の言葉で考えられる人」といったところでしょうか。
 唐突ですが、ここで質問です。みなさんは、おいしい料理とまずい料理、どちらが食べたいですか? どうせならおいしい料理を食べたいと思うのが人情ですよね。では、「おいしい料理」とはなんでしょうか。
 これを検討するには、「おいしい料理」を因数分解することが必要です。
 おいしい料理をつくるのに必要な要素(因数)は、「さまざまな材料」と「上手な調理法」。つまり「さまざまな材料×上手な調理法」が料理をおいしくつくるコツとなるのです。
 では、これを人生に置き換えてみましょう。あなたは、おいしい人生と、まずい人生、どちらがいいですか? もちろん、「おいしい人生」に決まっていますよね。そしてそのために必要なことは、「おいしい人生」を因数分解してみればわかるはずです。
「おいしい料理」をつくるのに必要な因数が「さまざまな材料」と「上手な調理法」だったように、「おいしい人生」を送るために必要な因数は、「さまざまな知識」という材料と、料理がおいしくなるように「自分の頭で考える力」です。
 そして、「さまざまな知識×考える力」が、教養であり、リテラシーであり、それは「おいしい生活」と直結しているのです。

 もう少し具体的に話してみましょう。
 ニンジンとラーメンはみなさんご存じですよね。ムール貝も、ほとんどの人が一度くらいは食べたことがあるでしょう。でも、その3つを組み合わせたら驚くほどおいしい料理ができることは、知らない人のほうが多いのではないでしょうか。
 東京・麹町に本店を置くラーメン店「ソラノイロ」は、ニンジンのピューレにムール貝で味つけをしたベジソバ(野菜そば)が人気メニューです。創業は2011年と比較的新しいのですが、2014年には早くも『ミシュランガイド2015東京』に掲載されました。
 ニンジンもラーメンもムール貝もみんな知っている。でも、この3つを組み合わせたらおいしいラーメンができると考えた人は、この店の店主しかいなかったのです。このイノベーションを生んだのは、「さまざまな知識×考える力」であることは疑いがありません。

 知識を得るためには、繰り返し話しているように「人・本・旅」でいろいろな情報をインプットすることが必要となります。そして「考える力」は、料理といっしょで、最初は他人の考える型、思考パターンを学び、試行錯誤しながら身に付けていくしかありません。
 料理をするときには、まずレシピを読みますよね。たとえば「豚肉の生姜焼き」をつくろうと思ったら、本やウェブサイトを開いて材料や作り方を読み込み、まずはそこに書かれているとおりに作ってみるわけです。
 でも、それでは思っていたような味にならないのが普通です。分量どおりに調味料を入れたのに、ちょっと甘かったり、辛かったりするでしょう。そんなとき、みなさんは「塩を減らしてみよう」とか「心持ち砂糖を増やしてみよう」などと、レシピをアレンジしているはずです。そうやって料理の腕を上げていくわけです。
 仕事や人生についても、これと同じことが言えます。レシピを読んで料理するように、まずは他人の考える型や発想のパターンをマネしてみる。レシピがなければおいしい豚肉の生姜焼きができないのと同じで、基準となるものがなければ、思考の軸をつくることはできません。
 そのときに大事なのは、いいかげんなレシピを参考にしてはいけないということです。間違ったレシピを参考にしていたら、いくらアレンジしても思うような料理はできません。僕が常々、古典が大事だといっているのは、そういうことです。長いあいだ批判や批評に耐え、いまなお輝きを放っている古典をひとつの基準とし、著者の思考のプロセスを追体験して、そこから自分なりのアレンジを加えていけば、間違いなく考える力が付くでしょう。

 

※ この連載は、毎月10日、25日ごろ更新します。
 第7回は9月25日に公開する予定です。

 

プロフィール

死ぬまで勉強プロフィール画像

出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。

<『APU学長 出口治明の「死ぬまで勉強」』連載記事一覧はこちらから>

初出:P+D MAGAZINE(2018/09/10)

◎編集者コラム◎『横濱王』永井紗耶子
【著者インタビュー】原田宗典『〆太よ』