鳥肉を食べながら鳥を研究する鳥類学者!? 連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:川上和人(鳥類学者)
まるで探検家のように無人島に上陸し、ユニークな視点から鳥の進化や生態を調査する鳥類学者川上和人さん。そのお話の中には、私たちの生活に役立つヒントが詰まっていました。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」
第三十四回
生き延びるために
変化を続ける
ゲスト 川上和人
(鳥類学者)
Photograph:Hisaaki Mihara
川上和人(左)、中島京子(右)
肉を食べながら、鳥を研究する
中島 はじめまして。お目にかかれるのを楽しみにしていました。実は鳥の研究をされている方とお会いするのははじめてで、あんなことも聞きたい、こんなことも聞きたいと、わくわくしながらやってきました。
川上 ありがとうございます。鳥類学者自体が希少生物ですから、よく観察していってください(笑)。
中島 以前、鳥を題材にした近未来小説を書いたことがあるんです。高層マンションに取り残された独居老人がカラスと仲良くなって、「自分が死んだらお願いね」と鳥葬を頼むお話です。
川上 カラスって、ゴミを漁る迷惑な鳥というイメージがありますよね。
中島 はい。ゴミ置き場を引っ掻き回して散らかすので、汚い鳥だなぁという印象を持っている人も多いと思います。
川上 でもカラスは、生態系の中では哺乳類などの死骸を食べることによって、世界をきれいにしてくれているんです。もしカラスがいなかったら、世の中は死骸であふれてしまう。死骸を食べ、分解して生態系の中に還元してくれている。それをハゲワシなどと共に人間相手に行うのが鳥葬です。決して不気味なことではなく、自然の理にかなった行為だと思います。
中島 小説では、自分なりにカラスのことを調べて書いたのですが、お墨付きをいただけて、ほっとしました(笑)。先生の近著『鳥肉以上、鳥学未満。』(岩波書店)を拝読すると、鳥の骨や臓器のことが詳しく書かれているのに、読めば読むほど鳥肉のほうが食べたくなっちゃう、不思議な読後感でした。
川上 それは、僕が鳥肉を食べながら書いているからだと思うんです。
中島 あら、冗談じゃなくて、本当に食べながら書かれたんですか? 面白い!!
川上 実は、僕の専門は鳥の生態学で、骨や器官、ましてや鳥肉なんて完全に専門外なんです。
中島 たしかに、鳥の専門家と鳥肉の専門家……似ているようで、全く別物ですものね(笑)。
川上 あの本に書いたことは、解剖学を勉強している人にとっては、当たり前のことばかりだと思うんです。でも僕も研究を始めた当初は、“ささみ”や“やげん軟骨”がどこにあるのかも知らなかった。野外で鳥を観察して生態を調査するのが仕事なので、肉や骨が見えるほど体を開けたら、相手が死んでしまう(笑)。
中島 ご著書の文章も洒落っ気がたっぷりですが、本当に先生の表現方法はユニークで思わず笑ってしまいます。
川上 もも肉や胸肉なら、どこの部位かぐらいは知っていました。でも、もも肉を焼いて包丁で切ったら、ばらばらになってしまうでしょう。一方、胸肉はばらばらにならない。なぜだろうと考えるようになったんです。鳥類学者のくせにそんなこともわからなかった。で、眼の前で起こった疑問に対して、真相を突き止めたくなった。研究者の癖みたいなものなんでしょうね。
中島 それで、食べながら分析をしていったわけですか。
川上 脚は複雑な動きをしなければならないから、もも肉は十以上の筋肉の集合体なんですね。ところが胸肉は翼を動かすためだけのものだから大きな一つの筋肉でできている。なるほど、こういう機能のために、こうなっているのかと理解して、ようやく納得できるんです。全く面倒くさい性格ですよね(笑)。この本は、鳥類学者として研究してきたことをもとに書いたのではなく、僕が知らなかった鳥類のあれこれについて、鳥肉を食べながら疑問を持ち、解きほぐしていった僕の頭の中を公開しているようなものなんです。
鳥は砂肝で咀嚼する
中島 私は砂肝の唐揚げが大好きなんですが、本を読むまで、まさか本当に砂が入っているとは知りませんでした。
川上 そもそも、なぜ砂肝が必要なのか。それは、鳥には歯がないからなんです。教科書的な説明だと、鳥は飛ぶためにできるだけ体を軽くしなければならない。だから、重い歯がなくなったのだ。そう言われることが多い。でも僕は、違うと思うんです。歯なんて、大した重さじゃないでしょう。その代わりに、砂肝を作らなきゃいけない。場合によっては砂肝の大きさは頭と同じくらいあります。軽量化のためには、あまり役に立っていない。歯を持っていたときよりも、逆に体重は重くなっている。
中島 歯と砂肝には、どんな関係があるんですか。
川上 鳥には腺胃と筋胃と呼ばれるふたつの胃袋があるのですが、砂肝は筋胃の別称です。腺胃は人間の胃袋と同じように、消化液を出して食物を溶かす働きをします。一方、筋胃はその名の通り筋組織でできた胃袋で、食物を物理的に破壊する機能を持っているんです。食物と一緒に食べた砂や小石も砂肝の中に蓄えられて、食物を破壊するのに一役買っているんですね。
中島 歯がないから、砂肝で咀嚼しているんだ。でも、なぜ鳥には歯がないのでしょう。ものを食べるときに不便じゃないかしら。
川上 鳥にくちばしができたのが、一億二千万年ほど前だと言われています。それまでは、トカゲのような口がありました。くちばしに変化してからも、しばらくは歯がある状態でした。そして歯がなくなっていって、現在のくちばしになっていった。くちばしは前に長いから、くわえているものが見えるんですね。ピンセットのように小さなものでもくわえることができる。例えば、巣を作るときに草や小枝を使って上手に編みますよね。人間の口で巣を編めと言われても……。僕もちょっとやってみたんですけどやっぱり無理でした(笑)。
中島 どんなに口が器用でも、さすがに編み物はできないでしょう(笑)。
川上 鳥のくちばしの骨を観察すると小さい穴がいっぱい開いていることがわかります。そこには神経があって、触覚もある。つまりくちばしは、人間の手に匹敵するような便利な器官として進化してきたのでしょう。もしそこに歯があったら、いろんなものが引っ掛かって邪魔でしょうがないと思うんです。
中島 邪魔だ! 邪魔だ! もう、歯なんていらないや、ということになったのかな。
川上 その代わりに、食べ物をそのまま飲み込んでも胃袋の中で咀嚼できるように砂肝が発達した。ただ、私がそう考えているだけで生物学的に証明されているわけではありませんが……。研究者って、目の前にある事実を説得力ある形で説明できる仮説をつくるのが好きなんです。その物語に沿った証明をしていくのも研究の一つの方法なんです。
中島 面白い。研究者には、推理小説で謎解きをする探偵のような側面もあるんですね。ところで、鳥と人間は二本足で歩くという共通点を持っていますよね。人間は二足歩行を始めてから脳が大きくなり、火を使い、道具を作って文明を発展させた。鳥たちは、道具を作ったり建物を建てたりする代わりに、自分を変化させて、空へと飛び立った。でも、飛ぶって、すごいことですよね。
川上 人間が知恵を使っていろんなことができるのは、そこに至る始まりのところで、集団が維持できなくなるほどのとんでもない出来事があったからだと思うんです。多くの場合はそこで絶滅するのですが、人間の場合、集団の中から頭のいい個体が出てきて、生き延びるためのアイデアを出すことができた。鳥も多分同じで、これは飛ばざるを得ないと、命懸けで羽ばたいた個体がいたんです。少しでも飛べた個体は生き残ることができたけれども、飛べなかった個体はみんな捕食者に食われて死んでしまった時代があったのでしょう。
中島 極限状態が新しい可能性を生み出した。火事場の馬鹿力的ではありますが、面白い考え方ですね。
川上 いきなり“どこでもドア”を手に入れるかのようなイノベーションが成し遂げられた背景には、とんでもない捕食者が現れたとか、命懸けの何か苦しいことがあったからだと思うんです。そういうことがない限り生物はぐうたらなので、何の工夫もなく堕落していくと思います。楽したいんだけれども、楽した個体が生き残れる環境ではなかった。空を飛べるようになると、次は空を飛ぶ中での競争が起こる。生き延びるためには、変化を続けなければならないんです。
鳥類学者で、無人島の専門家
中島 そもそも、なぜ鳥類学者の道をお選びになったのですか? ご著書などでは、鳥のことを特に好きなわけじゃなかった、と書かれていらっしゃいますよね。
川上 好きなわけじゃないと言うと、嫌いなのになぜ鳥の研究をしているんだと言われることもあって。特別好きではなかったというだけで、鳥のことは嫌いじゃないです。この点は、大切です(笑)。
中島 大きな違いですね(笑)。
川上 大学時代に入部した生物サークルで、バードウォッチングをしていたんです。高性能の双眼鏡で見ると、肉眼では点にしか見えない鳥の羽毛の一枚まで見えることに驚きました。僕は大学では林学科を専攻していたのですが、三年生になって卒論のために研究テーマを選ばなければならなくなったときに、植物や樹木は研究テーマにするほど興味が持てなかった。サークルで観察していた鳥なら研究対象にしてもいいかなと、なんとなく選んだんです。担当教授が十年ほど前に鳥類の調査をした場所の追跡調査をやらないかと僕に声をかけてくれたんです。それがたまたま小笠原諸島でした。でも恥ずかしながら、小笠原がどこにあるのかも知りませんでした。実際に研究を始めてみると、すごく面白かった。鳥の研究を続けようと決めて、大学院に進みました。
中島 それが今では無人島の専門家を自任されるくらいですから、肌にあっていたんでしょうね。
川上 研究には、いろんな方法があると思うんです。一つは先人たちが研究してきたことをさらに狭く深く研究する方法。でも、僕は飽きっぽいので、深く掘り下げるのは苦手なんです。例えばカラスやスズメを研究している人は、世界中にたくさんいます。そこでさらに新しくて面白い研究をしようと思ったら大変でしょう。
中島 それで、無人島に目をつけた。
川上 これまで研究されてないものは何かと考えると、人間が足を踏み入れていない所にいる生き物なんですね。行くのは大変だけれど、何か見つければそれだけで新発見になる。狭く深く研究するのが苦手な僕にとっては、無人島は格好の材料でした。今度、東京都の調査で小笠原諸島の中の北硫黄島という無人島に行くんです。標高八百メートルほどの火山島で、泳いで海から上陸して、途中で垂直な崖を越えていく必要があります。調査器具はもちろん水や食料も全部持って行かなくちゃいけない。
中島 そこまで来ると、鳥類学者の域を超えたリアル探検家ですね(笑)。
川上 今回はプロの登山家がルートを作ってくれたり、荷物を持ってくれたりしてサポートしてくれるので、少しは楽ができるんじゃないかと思っていますが、なかなかハードですよ。
絶滅を危惧するのは人間のエゴ?
中島 先生が、絶滅したと言われていた鳥を発見されたのも小笠原諸島ですか?
川上 オガサワラヒメミズナギドリですね。種が不明な小型ミズナギドリとして、一九九五年から二〇一一年までの間に六個体が死体や保護個体で見つかっていたのです。一方、一九六三年、ハワイのミッドウェー島でヒメミズナギドリとして標本が採集されていたものが、二〇一一年にヒメミズナギドリとは別種の新種として発表されました。ですが、すでに絶滅した可能性があると言われていました。
中島 それが絶滅していなかった。
川上 そうなんです。もしかしたら小笠原の個体が新種かもしれないと調べたら、その絶滅した可能性もあると心配されていた鳥と同種だったんです。
中島 その鳥はまだ生息しているんですか?
川上 二〇一五年には小笠原の父島列島の東島で完全な野生の個体と巣を発見しました。ただし見つかった巣は一つだけ。繁殖していることは確認できたのですが、調査がかなり難しい。オガサワラヒメミズナギドリは陸上では夜に活動する鳥で、しかも繁殖するのは冬。海が荒れる冬季には上陸できるチャンスが少ないので、なかなか思うように調査できません。
中島 ミッドウェー島で絶滅が心配されていた鳥が小笠原で発見されたということは、互いの島を飛んで行き来していたのでしょうか?
川上 そうでしょうね。ただ繁殖は小笠原でしかしてないのではないかと考えています。
中島 小笠原で繁殖した鳥が、ミッドウェー島まで飛んだんですか。
川上 はい。ミズナギドリの仲間は、一回ご飯食べに行くためだけに数百キロ飛んだりすることもあるんです。でも、なぜか決まった島だけでしか巣を作らない。生態がまだよくわかっていないんです。
中島 不思議な生態が、先生の研究者魂を刺激するんですね。
川上 空を飛んで自由に移動できるんだから、どんどん分散していけばいいのに、限られた場所にいるから絶滅が危惧されているんです。
中島 進化論に逆行するような行動ですね。
川上 ミズナギドリの仲間にも、色々な性質を持った種がいます。例えば新たな場所に進出することで分布を広げて成功する種もいると考えられます。一方で、あまり移動しないことにより、地の利のある狭い地域で生き残りやすかった種もいたのかもしれません。
中島 長い歴史の中で選択された種の存続のための最善が小笠原だったんだ。
川上 そうなんでしょう。でも、「種の絶滅」という概念を認識できるのは、たぶん人間だけ。彼らにとっては、ただ個体の死があるだけなんです。もちろん、他の個体がいなくなれば寂しいでしょう。でも、種が安定してたくさんいる中でも、どこかに飛んでいって死んでしまう個体もいる。彼らにとっては、それと同じだと思うんです。だから守るのも、絶滅させるのも、人間にとっての見方でしかないと思います。自然のためにというのは、やや欺瞞のような気がします。僕たち人間がエゴイスティックに彼らを絶滅させたくないと思っているだけ。野生の生物たちは、生物同士の関係の中で、いろんな生物がいろんな生物を絶滅させていると思うんです。それこそ大きな恐竜が小さい恐竜を絶滅させるなんてことがいっぱいあったと思うんです。でもそれは別に善でも悪でもなくて事実でしかない。彼らにとって種の絶滅とかは、どうでもいいことなんです。唯一、人間だけが絶滅させたくないと思っている。
中島 たしかに、私の中にも多種多様な生き物が幸せに暮らす緑の地球であってほしいという、理想郷的な考え方があることは否めません。
川上 誰だって自分たちの時代に何かが絶滅するのは嫌だと思います。ある日、高度な文明を持った頭のいい宇宙人がやってきて、おまえらこんなに絶滅させたのか、人間はバカだなあと言われるのが嫌なんでしょう(笑)。
中島 森林の減少も、絶滅の要因だと言われています。
川上 よく誤解されるのですが、実は今の時代は過去数百年の中で日本の森林面積が最も多い時代と言われています。森林が壊滅的になくなっていたのが江戸時代の後期から明治の初頭。保全の思想はなかったですし、燃料や建築に使ったりと略奪的に利用することしかしなかったので、ものすごい勢いではげ山が広がっていった。その頃に比べると現在は森林が多くて生物多様性に富んでいるんです。
中島 目からウロコです。世界的規模で考えると別の課題もあるのでしょうけれど、少なくとも日本では森林が増えてるんですね! 全く逆だと思っていました。
川上 どんどん森林が荒廃して減少しているというイメージで語られることが多いのですが、データを見ると正反対。よく引き合いに出されるのが『東海道五十三次』の浮世絵です。どの絵を見ても森林なんてなくて、松が何本かあるだけ。松は荒廃した場所に生える植物なんですね。今が一番悪いというある種ペシミスティックな考えが蔓延していますが、悲観的に考える必要はないと思っています。もちろん、まだまだ絶滅が起こりますし、過去の負の遺産もあります。しかし保全の思想がかなり根付いてきたので、絶滅もかなりストップがかかってきている。生き物にとっての未来は、明るいと思っています。
構成・片原泰志
プロフィール
中島京子(なかじま・きょうこ)
1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立。1996年にインターンシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞、翌年、日本医療小説大賞を受賞。最新刊は『夢見る帝国図書館』。
川上和人(かわかみ・かずと)
1973年大阪府生まれ。農学博士。国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所主任研究員。東京大学農学部林学科卒、同大学院農学生命科学研究科中退。著書に『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』『美しい鳥 へンテコな鳥』『そもそも島に進化あり』など多数。図鑑の監修も多く手がける。2017年に上梓した『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』がベストセラーに。「NHK夏休み子ども科学電話相談」の鳥担当でもある。
豪華執筆陣による小説、詩、エッセイなどの読み物連載に加え、読書案内、小学館の新刊情報も満載。小さな雑誌で驚くほど充実した内容。あなたの好奇心を存分に刺激すること間違いなし。
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初出:P+D MAGAZINE(2019/07/22)