イマジネーションこそが、夢の原動力 連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:小野雅裕(NASAジェット推進研究所 Research Technologist)

約4年にわたった連載も今回で最終回となりました。中島京子さんがずっとお会いしたかったというお客さまがこの方です。NASAの中核研究機関であるJPL(ジェット推進研究所)で惑星探査機の開発に携わる気鋭のエンジニア小野雅裕さん。宇宙にかける夢から、地球環境や教育の問題へと話はひろがり、明日への扉をあけるヒントが見えてきました。

 


連載対談 中島京子の「扉をあけたら」
最終回

イマジネーションこそが、
夢の原動力

ゲスト  小野雅裕
(NASAジェット推進研究所 Research Technologist)


Photograph:Hisaaki Mihara

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小野雅裕(左)、中島京子(右)

宇宙人はいると思う

中島 「扉をあけたら」の対談も今回が最終回。締めくくりは、ぱっと目の前が開けるようなお話をお聞きできたらいいなと考え、宇宙への夢を追い続けている小野さんにお声がけさせていただきました。小野さんにはずっとお会いしたいと思っていたんです。
小野 お呼びいただきありがとうございます。僕が帰国しているタイミングと中島さんのスケジュールがあってよかったです。
中島 小野さんは『宇宙を目指して海を渡る』と『宇宙に命はあるのか』の二冊の著書を出版されています。ブログなどでも精力的に近況を発信されていますね。
小野 子どもの頃から読書が好きで、文章を書くのも好きだったんです。中島さんを前に告白するのも恥ずかしいんですが、一時作家になろうかと無謀な考えを持っていた時期もありました(笑)。
中島 だから、エッセイのような力の抜けたものから、小説になりそうなドラマチックなお話までいろんな書き分けができていらっしゃるんですね。じつは宇宙開発の仕事をされている方にお会いするのは初めてなので、すごく楽しみにしていたんです。いろいろお聞きしたいのですが、まず小野さんのこころが宇宙に鷲掴(わしづか)みされたきっかけを教えてください。
小野 一九八九年に惑星探査機ボイジャー2号が史上はじめて海王星に行きました。僕はまだ六歳だったかな。そのニュースを見てすごく感動しました。そして衝動的に宇宙に関わる事がしたいと思ってしまった。そして今この仕事をしています。やりたいと思うと、その目標に向かって突き進む単純な性格なんです。
中島 素敵! ほんとうに少年時代の夢を(かな)えてしまったんですね。経歴を拝見すると、東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業された後、理系の世界的エリートが集まるMIT(マサチューセッツ工科大学)に入学。そして、念願のNASAに採用されます。宇宙ファンにとっては、夢のようなキャリアですね。
小野 まだまだ、夢の入り口にしがみついているような状況ですが、僕はほんとうにラッキーだったと思います。もちろん努力は大切だけれども、それだけでは成せないことがたくさんある。NASAも、一度は不採用となったのですが、幸運にも再チャレンジの道が開かれたんです。このチャンスを逃すものかと、必死で挑みました。
中島 そして現在は、NASAの研究開発機関に所属されているんですね。
小野 JPL。ジェット推進研究所に勤務しています。
Img_40030中島 全く知らない世界なのでNASAと聞いただけで、SF映画のような世界を想像してしまいます。やっぱりオフィスも近未来的なんですか。
小野 いやぁ、まったく(笑)。至って地味な仕事場ですよ。パーテーションで区切られた三人部屋で、コンピュータに向かってプログラムをコツコツ書いています。
中島 具体的にはどんなお仕事をされているんですか?
小野 JPLは無人探査機の研究・開発が専門で、火星や木星、土星など、遠くの星に無人探査機を送って、人類がまだ知らないことを探ることを目的とする機関です。その探査機を作るのが、僕たちエンジニアの仕事です。今までの探査機は、基本的に地球からすべて指示を出して行動を制御していました。でもこれからは、未知の場所でもっとチャレンジングなミッションが課せられるようになる。ざっくり言うと、宇宙探査機をもっと賢くしていくというのが僕の仕事です。
中島 いま何かと話題のAIみたいなものですか?
小野 ざっくり言えばAIなんでしょうけど、何をもってAIというのか曖昧ですし、詳しく説明すると複雑になっちゃうので、それについては省略させていただいて……(笑)。探査機が自律的に判断をして、危険を避けたり、面白そうな場所を発見して調査に向かう。そういう機能を開発するのが主な仕事ですね。今年の七月に火星に向けて打ち上げられるマーズ2020という無人探査車があるのですが、その自動運転のソフトウエアを書いたのが、最近の大きな仕事のひとつです。
中島 ええ、すごい。ご自分が関わった探査機が火星に行くって、どんな気持ちですか。
小野 僕も楽しみなんです。自分が作ったものが宇宙に行くのは初めてなので。
中島 それは小野さんにとっても歴史的な瞬間となりますね。火星では、どんな活動をするんですか? 
小野 探査することは無数にあるのですが、重要な目的のひとつが、火星にかつて生命が存在したかどうかを調べることです。
中島 まさに、ご著書『宇宙に命はあるのか』のタイトルそのものですね。
小野 人類にとって未解決問題のひとつが、われわれは宇宙に独りぼっちなのか、ということ。他の星には、無機質な岩しかないのか、あるいは人間のような知的生命体とはいわずとも、命という現象はあるのか。宇宙は無限に広いし、火星はほんの入り口ですが、今までの探査で四十億年前に水があったことがわかっています。
中島 水があったということは、生命が存在した可能性も否定できないということですよね。
小野 四十億年前というと、地球に生命が芽生えたまさにその時代です。同じ時期に、火星に同じような環境があった。その痕跡を探しに行くのが最大のミッションです。火星を走り回って調査もしますし、石を持ち帰って四十億年前の有機物が残っていないか調べたりもする予定です。
中島 どんな結果が出るのか、なんかドキドキしてきちゃった。小野さんは、もちろん宇宙人の存在は、信じていらっしゃるんでしょう?
小野 地球外知的生命体ですか。どうなんでしょう。会ってみないと分からないですけど(笑)。
中島 でもいると思ってらっしゃるんでしょう。
小野 はい。どこかには存在すると思います。

 

人間を人間たらしめる重要なもの

中島 宇宙人がいることを想像しながら仕事するのは、ロマンチックですよね。
小野 やはり僕たちの仕事には、イマジネーションが大切ですからね。実際に宇宙開発をやっていると、自分のイマジネーションのリミットが、そのままエンジニアリングのリミットに直結するんです。例えばいま僕が開発しているのは、エウロパという木星の衛星に着陸して探査する着陸機なのですが、当然のことながら誰もそこには行ったことがない。木星を周回していた探査機で軌道上からデータを収集したことはあるけれど、実際に地面に降り立ったことはない。われわれ宇宙開発に携わるエンジニアの仕事は、何があるか分からないところに行って動くマシンを作ることなんです。
中島 予測不能な場所での活動を予測する。(きょう)(じん)なイマジネーションが要求される仕事ですね。
Img_40070小野 ありとあらゆる事故などの対策を想定するのですが、どういう悪いことがあるかは、想像するしかない。イマジネーションのリミットを超えないと、何も見えてこないんです。話は脱線しますが、今の社会って、役に立つかどうかで物事の価値を決めるような風潮があるでしょう。でも、僕が中高生の頃に『三国志』を一生懸命読んだことや、ビジュアル系バンドにはまっていたこと、そういう経験が今の仕事にまったく生きていないのかというと、そんなことはない。その頃のさまざまな経験によって、何かしら世界が広がっているはずなんです。人間の仕事がどんどん機械に代用されていくであろう時代だから、イマジネーションの広さこそが人間の価値になってくると思うんです。
中島 同感ですね。微生物の研究をしている友人が、自分の仕事は小説を書くのと似ていると言っていたのを思い出しました。どんな研究もそのスタート地点にあるのは、こうではないかと思い描く想像力だから、と。
小野 テクノロジーだって、サイエンスだって、最初になんらか形のないアイデアがある。それに肉付けする手段が、数学や科学の授業で習うようないわゆる理系の思考だというだけの違いです。
中島 小説の場合は、その肉付けをしているのがたまたま文系の思考であるだけで、出発点は同じなんですね。イマジネーションというのは、人間を人間たらしめる重要なものなんだなと、改めて感じました。ところで、ご著書『宇宙に命はあるのか』には、宇宙開発の主役である宇宙飛行士たちではなく、一介の技術者たちの様々なエピソードが描かれています。なかでも、私が心を打たれたのが「プログラム・アラーム1202」というお話でした。
小野 アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトンの話ですね。彼女は宇宙飛行士だってミスを犯す。自分のプログラムもミスを起こす可能性があると考えていた。そこで重大なミスが発生したときに生死に関わるプログラムを再起動するソフトを開発して、こっそりアポロのコンピューターに仕込んでおいたのです。そのアラームの番号が1202でした。いざ月着陸というときにコンピュータにトラブルが起きた。もし彼女が仕込んだ1202が起動しなかったら、アポロ11号の月面着陸という偉業は達成されなかったのです。
中島 そんな危機的なトラブルがあったなんて今まで知りませんでした。
小野 アポロ11号の宇宙飛行士は全員、男性です。しかも歴史的金字塔の人々だから、批判できない。なぜ全員、男だったのか。計画に関わった女性たちのなかに、納得いかないものが絶対に残っていたと思うんです。
中島 そうですよね。
小野 日本に限らずアメリカにも、男とはこういうものだ、女とはこういうものだという古典的な差別意識はまだ残っています。特に日本では理系の女性は、すごく少ない。彼女たちにエールを送る意味でも、六十年も前にこんなに頑張った女性がいるんだと紹介したかったんです。
中島 現在のNASAでも男性のほうが多いんですか。
小野 職員全体としては女性も多くいますが、僕の所属しているような部門ではかなり少ないですね。
中島 人種や国籍はどうですか。
小野 めちゃくちゃ多様です。先祖代々アメリカ国籍だという人のほうが少ない。移民も多いし、母国語が違う人もたくさんいます。先代所長はレバノンの出身で、火星のプログラム・オフィスのトップは香港出身です。
中島 世界中の英知を集結した結果なのでしょうが、社会学的には面白い環境ですね。
小野 バックグラウンドは違っても、宇宙が好きだという共通点があります。だからコミュニケーションは楽ですね。
Img_40025中島 それでも、日本の企業での働き方とは全然違うんじゃないですか。
小野 もちろん日本の典型的な企業とは違うと思います。でも、ベンチャー企業とは似ているところがあるかもしれません。アメリカの組織だとはいえ、NASAは古くて巨大な組織ですから、いたるところに政治があるし、縄張り意識も強い。
中島 えっ、そうなんですか。もっとリベラルでラディカルなのかと思っていました。
小野 いやいや。現役中は、話せないことがたくさんあります。リタイアしたら、フィクション仕立てで書いてみようと(ひそ)かに構想しています(笑)。冗談はさておき、僕たちの日常の仕事は汚泥の中を必死で泳いでいるようなもの。九十五パーセントのエネルギーはそれに使っています。でも力尽きて溺れてしまったら、そこで終わってしまう。必死にもがきながら泳いでいるところから、水面の上にえいやと顔を出して、周りを見渡しながら大きなことを考えるような余裕があるかどうか。どんな仕事も、それに尽きるんじゃないかと思います。

 

みんながジョブズにならなくてもいい

中島 ご著書の中でも、人類文明滅亡への誘引となりそうな私たち自身の過ちに対して警鐘を鳴らしています。
小野 多くの問題は解が分からないが故に解決できないのですが、これらの問題は解が分かっているのに解決できない。そこがユニークだと思うんです。たとえば今、起こっている最も深刻な問題は、地球の気候変動、つまり温暖化ですね。そして核兵器保有の危機です。温暖化対策としては、化石燃料の使用量を減らして、代替エネルギーに切り替えればいい。核兵器も核保有国が同時に放棄すれば解決します。
中島 このままではだめだと世界中の人が分かっていながら、なぜ解決できないのでしょう。
小野 問題は社会的構造だと思うんです。化石燃料に関して言えば、百年、千年単位で考えると、当然、節制したほうがいい。でも世の中の経済システム自体が、未来を考えるよりも、十年後、二十年後の利益を最大化したほうが得するシステムになっているんです。例えば投資家が会社に投資をするときに、千年後に回収しようとは考えないのと同じです。高コストを払って未来のためにクリーンテックを導入するよりも、石油をばんばん燃やしたほうが(もう)かるんです。核兵器の問題にしても、たとえば北朝鮮が核兵器を持つ理由は、アメリカの脅威に対する防衛策ですよね。
中島 うーん。どちらも、人間のエゴが()いた種だとはいえ、どう考えても行き詰まりです。
Img_40084小野 そのデッドロックをどうやって解消するか。温暖化に関しては、パリ協定もひとつの方策です。ただ、全世界が批准しないと効力は発揮しません。どうすれば資本主義の枠組みで、長期的視野を持った経済活動を促せるのか。どう仕組みを変えれば、長期的な視野にたてるのか。そういうイマジネーションを働かせて、考え続けるしかないのでしょう。もちろん来年の食いぶちも大切ですが、その上にある夢とかイマジネーションを自由に語れるようになると、社会全体が変わってくると思うんです。環境問題やエネルギー問題に関して言えば、リソースの問題が大きいんです。
中島 確かに。結局は、小野さんのおっしゃるイマジネーションの欠如ということに帰結してしまう気がします。未来の大きなビジョンを思い描くことのできる人材を輩出するには、教育も大切だと思います。日本の教育システムは批判されることも多いのですが、小野さんは日米両方の教育を経験されています。小野さんの娘さんは、いま三歳だそうですね。親として教育についても色々とお考えになっているのではないですか。
小野 日本の教育にも素晴らしい点はたくさんあります。事実、アメリカでは、日本やインドの教育を高評価する人も多い。だから過度に今までの教育を自己批判する必要はないし、いい面は育てていけばいい。個性を尊重する点など、外国の教育の良い部分を取り込んでいく柔軟な発想があればいいんです。
中島 日本の論調は「日本スゴイ!」か「日本だめだ」かどちらかってことが多いですよね(笑)。
小野 新聞や雑誌でどうやったら日本からスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクが生まれるかみたいな薄っぺらい記事を見るとがっかりしちゃうんです。彼らは突然変異の例外であって、もし日本の子どもたちの大多数がスティーブ・ジョブズやイーロン・マスクになったら……。
中島 おふたりとも天才ですが、かなりの変人ですよね。そもそもそういう人をたくさん作ろうという発想がヘン(笑)。
小野 教育には、()(ぞろ)いの石を四角形に削って、レンガのように積み重ねていく役割もあると思います。ルールも何もなくて、みんなが好き勝手にしていると、社会はつくれませんから。でも、石の六つの面のすべてを平坦(へいたん)にする必要はないんです。他の石と接する四つの面をちゃんと四角く平らにしてあげて、みんなで力を合わせて社会をつくれるようにする。残りの二面は、個人個人の個性を生かした自由な形や色にする。それで壁をつくったらもっと面白いものができると思うんですね。
中島 そう! そうなんですよ。希望が見えてきた! 
小野 試行錯誤しながら、子供たちがもっともっと大きな夢を見ることができる世界をつくる。それも僕たちに課せられた使命ですよね。
中島 青臭いとか、恥ずかしいとか、余計なことを考えずに、こんな世界ができたらもっとハッピーだと、大きな夢を自信を持って語り合える環境。人類を幸せにするのは、ひとりひとりのイマジネーションの力なんですね。

 

構成・片原泰志

*本連載は、今回で最終回となります。長年のご愛読ありがとうございました。

プロフィール

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立。1996年にインターンシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞、翌年、日本医療小説大賞を受賞。最新刊は『キッドの運命』。

小野雅裕(おの・まさひろ)

1982年大阪府生まれ。NASAジェット推進研究所(JPL)で火星ローバーの研究開発や将来の探査機の自律化に向けた様々な研究に携わる。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業後、マサチューセッツ工科大学に留学。2012 年に同大航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。慶応義塾大学理工学部助教を経て2013年5月より現職。著書に、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)、『宇宙に命はあるのか』(SBクリエイティブ)がある。

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初出:P+D MAGAZINE(2020/02/20)

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