ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十一回 漂流する風俗嬢
家なき子
山谷の簡易宿泊施設に泊まりに来る若い日本人観光客、就活生たちは、山谷という地域について、あるいは日雇い労働者の街としての歴史について知らないことが多い。ホテル予約サイトに掲載された宿泊料金の“安さ”だけを頼りに選ぶからだ。
5月半ばから、カンガルーホテルに滞在しているナツキ(仮名、21歳)も、そんな1人だった。
「役所の方からこのホテルを紹介されて来ました。『ドヤ街』と言われ、なにそれ? と思いまして。その言葉の意味もよく分からなくて。ぱっと思いついたのはホームレスの人とか、そういう人がいるヤバいところなのかなと。だからどんな生活が待っているんだろうって思いましたが、このホテルはすごく快適です。実を言うと、ここに来た時に自分の家がなかったので……」
ロビーで話し始めてすぐに、ナツキは自身が置かれている状況を打ち明けた。
自分の家がない──。
その言葉に、彼女の人生に訳ありの様子がうかがえた。
肩までの長さの茶髪に、ピンク色のTシャツを着た、ぽっちゃり女子のナツキは、渋谷界隈で見掛けるようなごく普通の若者だ。20歳になる前に、出身の東北地方から上京した。
「交際していた彼氏に会いに来たんです。でもホストをしていることが後に分かりました。知ってから『はいサヨウナラ』というわけにもいかず、一緒に住むことになりまして。彼の店にも通うようになり、売り上げのノルマがあるとかで毎月100万円以上を使うため、風俗で働き始めました」
ナツキは、風俗店で働いていた過去を何のためらいもなく話し出した。
ホストの彼、セイヤ(仮名)とは1年半ぐらい交際を続けたが、やがて関係がこじれ、闇金に手を出して借金を抱えてしまう。そして昨年春、一緒に住んでいた都内のアパートを追い出された。
「私は実家に帰れないので、何とか東京に居残る方法を考えて。でも私は、ネットでしか出会いを見つけられない質なので、そこで出会った人の家に住まわせてもらい、転々としながら生活をしてきました」
借金に加え、所持金も底を尽きかけ、生活保護を申請する。その役所で紹介されたのがカンガルーホテルだった。
ナツキがここまでの概要を話すのに10分もかかっていない。堰を切ったように一気にしゃべり、深刻な内容にもかかわらず、時折「ハハハハ」と笑いすら浮かべるのだ。だがその笑いは、おかしさから込み上げてくるというよりは、何かから解放された安心感が生み出しているように感じられた。
「実家に帰れない」「ネットでの出会い」「転々と」
彼女が発する言葉の端々には、ただならぬ事情がうかがえた。