☆スペシャル対談☆ 角田光代 × 西加奈子 [字のないはがき]と向きあうということ。vol. 2

☆スペシャル対談☆ 角田光代 × 西加奈子  [字のないはがき]と向きあうということ。vol. 2

角田
わたしは、〝わたしたち〟のど真ん中ですよ(笑)。わたしは、ポテトサラダのお店に行くもの。生ビールが390円とかのお店に行くもの。レモンサワーないです、とかいうお店には行かないもの!
 

西
あー。
 

角田
でもね、だからすごいと思うの。向田さんは行ってないでしょ? 芸能界でお仕事されていて、大女優とか大俳優を左右に従えて歩くような、そういうお仕事をしていたんだと思う。それで、もうすごい世界を知ってるわけでしょ? 華やかな世界を。でもその華やかな世界の、華やかたることを、ほとんど書かない。
 

西
書かない、たしかに! 
 

角田
端っこのエッセイ()もあるじゃないですか? 海苔巻の端っことか、かまぼこの端っことかハムの端っこをもらうのが好きだし、おいしく感じるみたいなのも、端っこなんて食べなくていいひとなのに(笑)。
 

西
うんうん。


角田
だからね、やっぱりすごいなぁと思う。逆に、〝端っこ〟書けないひともいるじゃないですか。
 

西
そうですね。
 

角田
でも、向田さんは書けたし、そして、みんながそれを自分の記憶のようにおぼえてしまう。
 

西
たしかに、たしかに。しかもそれを、いま言われるまで思い出せへんってことは、……逆にもっと〝手つきのうまさがわかっちゃう〟みたいなひとだと、たとえば「真ん中イケるあたし、敢えて端っこ書くでぇ!」っていうパターンもあるじゃないですか?
 

角田
あははは(笑)。

角田さんと西さん


西
それはそれで、何回もやってたら気づくから。
 

角田
はあ、西さんはたとえがうまい!
 

西
ブラッド・ピットとかが、すごい醜い役をしたがる、みたいな(笑)。ときどき、〝もちろんその心意気うれしいけど、ええで? もう真ん中のこと書いてくれなはれ〟っていうひともいるけど、邦子さんて、ほんとうに、ほんま端っこ好きなんやろうな、って。それがほんまかどうか知らんけど、完全に思わされる文章というか……。
 

角田
だますのが、ね? 〝わたしたち〟っていう気持にさせてくれるね。
 

西
わたし、それは角田さんの旅のエッセイでも思ってて……。
角田さんの旅のエッセイって、むちゃくちゃなとこ行ってるんですけど、ぜんぜんなんか〝無茶なとこ行ったわたし〟っていうのがなくて、ほんとに地つづきで、友だちんち行ったら出てきたなんか炒めたやつ、っていう感じで、で、異常においしいやつあるじゃないですか。何味? 塩味? それだけ!? みたいな(笑)。
 

角田
(恥ずかしそうにうつむく)
 

西
だから、和子さんが角田さんに書いてほしい、って思われた気持、わかるって言ったらおこがましいんですけど、そういうところの〝品〟というかな、似てるんやなぁ。おおげさにしない、っていうか。以前、角田さんとお話ししたとき〝ドラムロール〟ってたとえたんですけど、文章に一回もジャラジャラジャラ、ジャーン!みたいな箇所がないな、っていうのがすごい、と思いました。
 

角田
西さんのその話が、すごく可笑しくて。ドラムロールでジャラジャラジャラ……っていうような文章あるじゃん、とか言って、あれなにをたとえたんだっけ?
 

西
えっと、なんやっけな?
 

角田
たとえば、「字のない葉書」って「字のない葉書」って感じでしょ? (急に語気を強めて)「字のない葉書!!!」とは書かないでしょ?って。いいじゃん、それ言い方だからって(笑)。
 

西
いやでもね、うちは自覚してるぶん許して、と思ってるんやけど、どっかね、自分は〝改行しがち〟っていうのがあって。たとえば、あの葉書をなくしてしまったという話の終え方。向田さんて、黙ってばたんとドア閉めて帰らはる感じがするんですけど、(席から立ち上がり)わたしは「帰りま~す」(と名残惜しそうに扉を閉める身ぶり)っていう感じを、出すとこあるんですよね。
 

角田
あははは(笑)。
 

西
それは自覚してて、それが別に嫌いでもなくて、自分のやりたいことでもあるし。ただ、邦子さんや角田さんの書き方は、自分がぜったいにできないことやから、そこに手をのばすときはあります。年齢、超えられたんだよね?

西加奈子さん


角田
えっ?
 

西
邦子さんの年齢を、超えたんですよね?
 

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◇自著を語る◇ 角田光代『字のないはがき』

子ども時代に見ていたテレビドラマをのぞけば、向田邦子作品に出会ったのは二十二、三歳のころだ。このときすでにご本人はこの世の住人ではなかった、ということもあって、この作家は私には最初からものすごく遠い存在だった。平明、簡素でありながら、叙情的な文章で綴られる、暮らしや記憶の断片は、私の知らない大人の女性の世界だった。