夏川草介『新章 神様のカルテ』× 長月天音『ほどなく、お別れです』スペシャル対談

夏川草介『新章  神様のカルテ』×長月天音『ほどなく、お別れです』 スペシャル対談 
人は生死の境界線をも越えた 無数の繋がりの中で生きている


人間不信が払拭された世界を描く

夏川
『ほどなく、お別れです』は、大切な人が亡くなった後で、その家族が回復しようとしていく姿を書いていますね。その過程で重要な役割を果たすのが、主人公の上司である葬祭ディレクターの漆原です。
彼は遺族に対して、力強い言葉を投げかけます。例えば第一話では、亡くなった人は遺族に対して、自分の死の悲しみを共有してもらいたいのではなく、自分のぶんまで力強く生きてほしいと思っているに違いない、というようなことを言っていました。

長月
漆原のセリフは、主人の看病をしながら生と死について、ずっと考え続けてきたことが如実に反映されています。私自身、誰かに言ってもらいたい言葉だったと思います。

夏川
そうした言葉を冷静に、亡くなった方の家族に言える人というのは、現実ではごく少ないと思います。医者は意外と、そういう立場にはなりにくいんですよ。患者が亡くなった時点で、残される側の人たちとのコミュニケーションはほぼなくなってしまうんです。本当は、残された方々のために医師としてやらなければいけないことがまだあると感じているんですが、それをやり出すと他の患者さんを診られなくなってしまうこともあり、なかなか実現させることは難しいです。

長月
日本はグリーフケア(※身近な人を亡くし悲嘆に暮れる人に寄り添い、立ち直るまでの道のりをサポートする遺族ケア)が遅れていると聞いたことがあります。

夏川
ええ。昔はきっと、お坊さんがそういう役割を引き受けていたんだと思うんですけどね。その意味では、お寺や教会のような仕事をする葬儀場があってもいいのかもしれない。そこに漆原のような人間がいてくれたら、患者さんの家族たちが救われることってたくさんあると思うんですよ。病院サイドとしても、安心して送り出すことができます。

長月
小説を書いたことはある意味、私にとってグリーフケアだったのかもしれません。大切な人を亡くした時に、遺された人はどうやって先に進んでいけばいいか。「こういうふうに考えればいいんじゃないか」と、小説を書くことで探っていったんです。

夏川
そうやって書かれた長月さんの小説を読んで、救われた感覚になった人は少なくないと思います。

長月
夏川さんの小説は、登場人物たちがお互いに厳しいことも言うんですけれども、心の中では信頼関係で繋がっていて、支え合っている。特に、栗原先生が患者さんたちと築く信頼関係は、素敵だなと憧れてしまいます。

夏川
現実の話をすると、医者が患者さんと信頼関係を築くのは、本当に難しいことだと思っています。まず根底に、人間不信の空気が世の中全体にあるような気がしているんですね。人を疑う、人を攻撃することが当たり前の世の中になってきている。例えば、初診の患者さんが、「先生、何年目の医者ですか?」と高圧的に聞いてくるようなことが、昔より明らかに増えてきているんです。

長月
それは驚いてしまいます。

夏川
僕はだいぶ慣れてきましたけれども、そんなふうに言われて、形式ばった答えしかできなくなる若い医者もたくさんいます。これでは患者さんも損をするし、非常にもったいないなと思う瞬間も現実には多々あるんです。だからこそ小説の中では、できるだけ人間不信が払拭された世界を描こうと思っています。

長月
死を考えることって、どうやって生きていくかを考えることですよね。

夏川
そう思いますね。「みんな必ず死ぬんだ」という感覚がもう少しじわっと自分の世界観の中に入ってくれば、人との関わり方や毎日の生き方が変わるような気がします。

長月
今日のお話を伺いながら、またアドバイスをいただけた感じがしました。実は今、『ほどなく、お別れです』の続編の改稿作業をしているところなんです。主人の闘病生活中の6年間、ずっと生きること、死ぬこと、別れることを考え続けていたので、まだまだ昇華しきれないものは残っています。それをもうちょっと丁寧に書けたらなと思っていますし、医師である夏川さんとはまた違った立場で、死について感じるところも織り交ぜて書いていきたいです。

夏川
患者さんとドクターの一対一の関係だけを描いていても、大事なことは抜け落ちていくような気がしています。それは、たくさんある関係の中のほんの一部に過ぎない。その周りには家族や友達、職場の仲間や行きつけの居酒屋の店員さんなど、患者さんを陰に日向に支えてくれる、いろんな関係が広がっているんだという景色を書き続けていきたいと思っているんです。
人は一人では生きていけないし、生死の境界線をも越えた無数の繋がりの中で生きている──そのことを表現しようとしているところが、長月さんの作品を読んで「きっと自分と同じものを見ている」という感覚を抱いた、一番の理由かもしれません。

夏川さん長月さん

夏川草介(なつかわ・そうすけ)
1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒。長野県にて地域医療に従事。2009年『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同書で、10年本屋大賞第二位。最新刊は『新章 神様のカルテ』。

長月天音(ながつき・あまね)
1977年新潟県生まれ。大正大学文学部日本語・日本文学科卒業。2018年、『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞(応募時タイトル『セレモニー』を改題)し、デビュー。

(文・構成/吉田大助 撮影/五十嵐美弥)

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長月天音さん『ほどなく、お別れです』

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