エッセイ連載
小説丸で読めるエッセイたち。
椅子から立ってみると、彼女が両手に大皿を持ち、キッチンからダイニングへ移動しているのが見えました。今度こそ、運ぶくらいのお手伝いは……と思ったのですが、ランチは大きなお皿一枚に全部盛りでした。あとは、水道水を満たしたグラスとカトラリーを置けば、テーブルセッティングは完了。特にお手伝いは必要ありません。しょんぼり。「昨日
プレゼントを渡してさっと失礼するべきだったのかもしれませんが、私は結局、のこのことお家に上がり込み、お茶をご馳走になることになってしまいました。明るく、当たり前でしょって感じで招き入れてくださったことが、勿論いちばんの理由なのですが……。イギリスの一般家庭、その中でもうんと素敵な部類であろうこのお家の中を見てみたい。目
「子どもと色、色と性差」2023年2月×日 「いこうよ、いこうよー」「今は赤信号でしょ。赤は、とーまーれ。行けないの」「うえぇぇぇぇぇぇん」半年前に引っ越してきた旧祖父母宅のあるこの街は、基本的に車社会だ。保育園の送り迎えも、買い物などの用事の際も車で移動するのだけれど、3歳になったばかりの娘はどうも信号で止まるのを非
【名詞「外タレ」】「外タレ」とは「外国人タレント」の略称であるが、正式名称よりもモノゴトの本質ニュアンスを突いた単語という印象を受ける。その本質とは、 ・ちょっとやそっとでは真似のできない語学力・ちょっとやそっとでは真似のできない表現力 ・ちょっとやそっとでは真似のできないインチキくささ に対する羨望と揶揄のミックスだ
油断すると転びそうな階段を、小さくて可愛い花々を眺めながら降りると、そこには、道路で見ていたよりさらに可愛らしいコテージがありました。1階の窓は大きいので、レースの繊細なカーテン越しに、暖炉の火が燃えているのがうっすら見えました。ますます素敵だ……!素朴な木製の玄関扉は、少しくすんだ、でもまったく陰鬱な感じはしない、絶
どこまで行っても、窓から見えるのはたいてい住宅街。しかし、これまで見てきた街とは、少し様子が変わってきました。ブライトンの街中でよく見る住宅は、いわゆるフラットです。京都の町屋のように、間口が狭く、奥に向かって細長く、裏手に小さな庭がついている……たいてい3階建てくらいの長方体の住宅が密接して並ぶ、なかなか圧迫感のある
「侮るなかれ、マタニティブルー」2023年1月×日 先日、30歳になった。2人の子のママになって約1年、逆にまだ20代なのが不思議だ~、くらいに軽く考えていたけれど、いざ年齢欄に「30」と書くようになると、ちょっとずっしりくるものがある。そんなわけで周りもいよいよ出産ラッシュだ。この年末には、クリスマスから大晦日までの
いやもう、ここはどこ? 住宅街を抜け、牧草地を抜け、また住宅街を抜け……。変わり映えのしない景色を延々と眺めるうち、小1時間が経過したでしょうか。私の不安は、ひとりでは抱えきれないほど大きくなってきました。車内アナウンスは流れるものの、走行音が意外なまでに大きく、ろくに聞き取れないのです。もしかしたら、行くべきおうちの
あまりにも呆然としている私が可哀想になったのかもしれません。あるいは、自分の店の中で仁王立ちになったまま動かない東洋人の女の子を、いささか不気味に思ったのかもしれません。お花屋さんの店主は、「あんた、何色の花が好きなの?」と助け船を出してくれました。「ええと……黄色、オレンジ色、かな」幼い頃からキンモクセイの花が大好き
「世界が優しくなった」2022年12月×日 『ぬ』──と一言、スマートフォンにメッセージが届いた。個人で利用しているインスタグラムからの通知だった。卒業後も仲良くしている大学時代のサークルの先輩からのDMだ。『ぬ』ってなんだよ、と首をひねりながら、一文字だけのメッセージを眺める。えーと誤送信でしょうか? とフリック入力
十年を振り返って 二年半ほど連載していたこのエッセイも、ついに今回で最終回を迎える。何について書こうかと悩んだが、やはり最後は自分の好きなものやこれまでについて振り返って書こうと思う。二十歳で作家デビューした私も、ついに三十歳である。デビューしてすぐの頃、一冊目以降本が出せなくなったらどうしようと怯えていたことを考える
「ジーン・リーブさんですか? 私、去年、お宅にホームステイしていたKの友達で……ええと、大学で一緒なんです」こんなに流暢ではないしどろもどろの英語で、とにかく自分の立場を説明しようとする私に、彼女……ジーンは、受話器の向こうでじっと耳を傾け、ときおり、優しく相づちを打ってくれました。大丈夫、ちゃんと聞いてるし、ちゃんと
私がイギリスに1年間、語学留学することになったのは、22歳のときでした。医学部を4年まで終えたところで1年休学を決め、それまでちまちまアルバイトで貯めたお金をかき集め、現地の語学学校と連絡を取って入学を決め、飛行機のチケットを往復分押さえ(当時は、帰りのチケットを前払いで持っている、つまりちゃんと帰国する意思があると表
「ホームズ・アット・ホーム体験」2022年11月×日 カチャ、と小さな音がした。朝6時過ぎの薄暗い寝室。夫と私は寝ぼけ眼をこすり、布団から顔を出す。夫が驚いたようにこちらを向く。私はぼんやりと、いま何の音で起きたんだっけと考えている。私がベッドにいるのを視認した夫がドアのほうを振り返り、動揺した声を発する──「●●!
寂しがりたがり 私が結婚したのは去年の十二月末。その時に、「もしかしたら結婚について悩んでいる人達におすすめの本を教えてくださいというエッセイの依頼が女性誌あたりからくるかもしれないぞ!」と思い、オススメの恋愛本リストを密かに持っていた。だがしかし、一向に依頼が来る気配がない。これはもしかすると大事に大事に大事に温めす
「29歳母の試練」2022年10月×日 編集者さんに連載原稿を提出するときは、前月の原稿ファイルを開いて「名前を付けて保存」し、その際に連載回数の数字を書き換えることにしている。今回は驚いた。このエッセイ、本日で20回目なのだという。20か月。思えば遠くへ来たもんだ。そんな記念すべき20回目の原稿、いつも以上に緩く楽し
ゼクシィって意外と実物を見たことない 九月某日、結婚式をした。入籍自体は昨年の十二月末だったのだが、コロナの状況がどうなるか分からなかったのと仕事のスケジュールに鑑み、少し間を空けて九月に設定した。ところが、いざ蓋を開けてみると2022年の夏はコロナが大流行。間を空けた意味とは……!(それでも九月にはある程度落ち着いて
「引っ越しいろいろ」2022年9月×日 「ママぁー、といれぇー!!!」ある朝。保育園の入り口に、泣き声が響き渡る。保育士さんに抱かれた2歳娘が、腕の中で身をよじり、私に向かって必死に手を伸ばしている──。先月、引っ越しをした。これまで住んでいたマンションから、旧祖父母宅へ。一人暮らしをしていた祖母が去年の秋に亡くなり、