【ランキング】アメリカのベストセラーを発表!ブックレビューfromNY<第18回>
先々月レビューした“Norse Mythology” はベストセラー・リスト11週目に入っている。作者Neil Gaiman の2001年のベストセラー小説“American Gods”はケーブルテレビのSTARZで4月30日からドラマ・シリーズの放映が始まった。Gaimanの人気は衰えを知らない。
“Gentleman in Moscow”は23週目のロングセラーになっている。 その他はすべて先月のベストセラー以後に発売された作品だ。スター・ウォーズ・ファンにとっては“Thrawn”は待ちに待った本と言えよう。先週初登場で2位、今週は4位になっている。
注目は、James Pattersonの2作品(いずれも共著)が同時にトップ10に入っていることだ。4週目に入った“The Black Book”(2位)と2週目の“The Two from the Heart”(8位)で、さすがに多作で有名なPattersonだ。“The Black Book”は先週まで発売から3週続けてベストセラー1位だったので、ベストセラー1位の回数が最多という《ギネス記録保持者》の面目躍如と言えよう。
再び《サスペンスの女王》
今週選んだのは《サスペンスの女王》と呼ばれているメアリー・ヒギンズ・クラークの“All by Myself, Alone” だ。ちょうど1年前、クラークの“As Time Goes by” がベストセラー入りしてレビューをしたので、《サスペンスの女王》は、このコラムへの再登場となる。“All by Myself, Alone”はベストセラー3週目で5位、最初の週は2位、先週は3位だった。
今回の小説の舞台はニューヨークから英国のサウサンプトンに向かう処女航海の豪華クルーズ客船「クイーン・シャーロット」だ。船のオーナーであるグレゴリー・モリソンによれば、「クイーン・エリザベス」や「クイーン・メリー」より贅沢で豪華に作られた「クイーン・シャーロット」(明らかに英国のウィリアム王子とキャサリン妃の長女シャーロット王女からとった名前)は史上一番贅沢で豪華とされた「タイタニック」を意識して作られた。100人の乗客に対し85人のクルーメンバーが働き、何千人もの乗客を乗せる超大型クルーズ客船とは全く違う客層をターゲットにしている。ニューヨークを出発した「クイーン・シャーロット」は6日間の航海で最初の寄港地であるサウサンプトンに到着する予定だ。ニューヨークから乗った客の多くはサウサンプトンで船を降り、飛行機でニューヨークに戻る。「クイーン・シャーロット」はサウサンプトンで新たに多くの乗客を乗せ、世界一周の航海に出発する。
主人公の宝石鑑定人セリア・キルブライドはニューヨークからサウサンプトンへの航海中、宝石に関するレクチャーをする講師として招かれて乗船した。婚約者のスティーブン・トーマスはヘッジファンドで不正を働いてFBIに逮捕され、彼を信じて父親からの遺産を投資していたセリアは全財産を失った。おまけに親しい友人たちにも(善意からとはいえ)このファンドへ投資するよう勧めたため、友達も失ってしまった。失意のどん底にいたセリアにとって、この航海は現実からの一時的逃避となった。
ネックレスの恐ろしいジンクス
乗客のなかで一番の重要人物はイギリス人の富豪で86歳のレディー・エミリー・ヘイウッド(レディー・エムと呼ばれている)だ。バレリーナだった20歳の時、46歳の富豪で冒険家のサー・リチャード・ヘイウッドと結婚し、レディー・エミリー・ヘイウッドとなった。この航海中に、亡き夫の父親が購入し、夫からプレゼントされたクレオパトラが所有していたというエメラルドのネックレスを初めて公の場で身に着けるとインタビューで宣言していた。サウサンプトンで船を下りてニューヨークに戻った後は、ネックレスはスミソニアン博物館に寄贈される予定だった。レディー・エムは20年来のアシスタントのブレンダ・マーティンと、財産管理人兼投資マネージャーのロジャー・ペアソンとその妻のイボンヌを伴って乗船していた。
レディー・エムがクレオパトラのネックレスを航海中に身に着け披露すると宣言して以来、ネット上には《千の顔を持つ男》と異名をとる泥棒から「ネックレスを頂戴する」という書き込みがあり、警備のため国際警察(Interpol)の捜査官デヴォン・マイケルソンが船に乗り込んだ。デヴォンは病死した最愛の妻の遺灰を海に散布するために乗船したという触れ込みだった。船長のロナルド・フェアフィックスと警備責任者のジョン・ソーンダーズだけが(そしてのちは船主のモリソンも)デヴォンが国際警察捜査官だという事を承知していた。
エジプトやイギリスの大使だった外交官を父に持つ若い弁護士のテッド・キャバノーも乗客の1人だった。彼は古代の遺跡や財宝を元の国に返還すべきという考えの持ち主で、この航海中、何としてでもレディー・エムと話をして、クレオパトラのネックレスをスミソニアン博物館に寄贈するのではなく、エジプトに返還するよう説得しようとしていた。
その他、シェークスピアのレクチャーをするため講師として招かれたヘンリー・ロングワース教授、カンザス州の教会のくじ引きでこのクルーズを当てた56歳でバツイチのアンナ・デミルなども乗船していた。
そして、クラークの小説のファンにおなじみの(去年ベストセラーになった“As Time Goes by” にも登場した)アルビラ・ミーハンと夫のウィリーも結婚45周年記念旅行という事でこのクルーズに参加していた。去年紹介したように、アルビラとウィリー夫婦は宝くじ(Lottery)に当たるまでは家政婦と水道修理工として働いていた。一夜にして大金持ちになった2人は、今はセントラルパークを見下ろす高級マンションに住んでいる。アルビラは生来好奇心が強く、いろいろな問題に首を突っ込み素人探偵として数々の事件を解決してきた。
航海の最初の3日間は表面上何事もなく順調に時間が過ぎていった。しかし水面下では問題も起きていた。セリア・キルブライドは弁護士からの電話で、婚約者だったスティーブンが「ピープル」誌(大衆雑誌)のインタビューに応じ、セリアもこの不正に加担をしていたと嘘の証言をしたことを知らされた。そして弁護士は、セリアがニューヨークに戻ったらFBIから尋問を受けるだろうと告げ、セリアの心は沈んでいた。一方、レディー・エムの財産管理人のロジャーは、財産管理の不透明さに不審を抱いたレディーから、外部監査を入れると言われて動揺していた。レディー・エムのアシスタントのブレンダは愛人と共謀してレディーが普段あまり着用しない宝石を偽物にすり替えてお金を儲けていたのがレディーにばれそうになり、焦っていた。
そして3日目の夜、レディー・エムは当初は翌日(4日目の)夜の正式ディナーで身に着ける予定だったクレオパトラのエメラルド・ネックレスを、せっかく持ってきたのだからと、その夜の《船長のカクテル》の時も着用することにした。 そして、その日の夜、財産管理人ロジャーがデッキから海に落ちたと妻のイボンヌが血相を変えて知らせてきた。イボンヌの話のあいまいさもあり、もしかすると落ちたのではなく船内にいるかもしれないということになり、船内がくまなく捜索された。しかし、ロジャーは見つからず、やはり海に落ちたのだろうと考えられた。その時点ではもう生きている可能性はないと判断され、船はそのまま方向転換することなく航行を続けた。
その深夜、レディー・エムは何者かによって枕で窒息死させられ、翌朝、朝食を運んできた執事によって発見された。クレオパトラのネックレスはどこにも見当たらなかった。
人々はこのネックレスにまつわるジンクス「身に着けて航海に出た者は、生きて陸地には到達しない」を思い出すのだった。レディー・エムも宝石鑑定人のセリアもこのようなジンクスがあることをよく知っていて、前日のレクチャーでセリアはレディー・エムに促され、この話を披露したばかりだった。
7日目の早朝、船がサウサンプトンに接岸するまでの間、船上では3つの殺人未遂事件が次々と起こった。最後に命を狙われたセリアを助けるために、そして一連の事件を解決するため、またもアルビラは大活躍することになる。
はたしてレディー・エムの殺人犯とその後の一連の殺人未遂の犯人は同一人物か? 《千の顔を持つ男》は誰なのか? 海に落ちたロジャー・ペアソンは自殺か事故か、あるいは突き落とされたのか? そしてクレオパトラのネックレスはどこに?
セリーヌ・ディオンの名曲
クラークは今まで、ほとんどの小説のタイトルに古い曲のタイトルや歌詞を使ってきた。この小説も例外ではないようで、タイトル“All by Myself, Alone” はもともと1975年エリック・カルメンによって歌われ、その後セリーヌ・ディオンや他の歌手によってカバーされてきた曲“All by Myself”からとったものと思われる。
この小説は、若く美しく教養のある、しかし苦難に耐えている女性主人公(セリア・キルブライド)が登場、脇枠のアルビラ・ミーハンと夫のウィリーが主人公を助けて事件を解決するという、クラークの小説としておなじみの筋立てとなっている。「代わり映えがしない」という読者評もあることはあるが、大部分のクラーク・ファンはこのクラークらしいサスペンス小説を楽しむだろう。
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!
初出:P+D MAGAZINE(2017/05/15)
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