【NYのベストセラーランキングを先取り!】ベストセラー作家ミッチ・アルボムが描くセンチメンタルな愛、信仰、救済の物語 ブックレビューfromNY<第74回>

大西洋上で爆発沈没した豪華ヨット

The Stranger in the Lifeboatの著者ミッチ・アルボムは、1997年10月、ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リスト入りしてロングセラーを続けたノンフィクション『モリー先生との火曜日』Tuesdays with Morrieの著者であり、その他、『天国の五人』The Five People You Meet in Heavenなどのベストセラー小説で知られる。2018年11月にはこのコラムで、『天国の五人』の後日譚ともいえる小説The Next Person You Meet in Heavenを紹介した。

今回取り上げる最新作は、アフリカ沖、大西洋上で最新型の豪華大型ヨット、ギャラクシー号が爆発沈没した後、10人が救命ボートで大西洋上を漂い救助を待っているシーンで始まる。この小説は「海」「陸」「ニュース」というタイトルの3つの場面が交互に現れる構成になっていて、それぞれの章では異なった時間と場所でストーリーが進んでいく。

「海」の章は、救命ボートに乗っている10人(3日後からは11人)のうちの1人、ベンジ(ベンジャミン)の一人称で書かれた日記の形式をとっている。日記は漂流の記録であり、同時に、もし救助が間に合わず、あるいは来なかった場合は、死別した妻アナベル宛ての遺書になるという意味もあった。ベンジは、毎回書き終わった後、海水に濡れないようにノートを丁重にチャック付きポリ袋の中にしまった。

「陸」の章は、ヨット事故から1年後、アフリカ沖からは遠く離れたカリブ海の英国領モントセラト島に、《ギャラクシー》と明記された救命ボートが流れ着いたとの報告を受けた警部ジャーティ・レフラーが、発見者と共に島北部の海岸へ、ボートの検証に向かうところから始まる。

「ニュース」の章は、ギャラクシー船上で、レポーターのヴァレリーが、ヨットのオーナーであり大富豪、そして今回の航海イベントの企画者であるジェイソン・ランバートをインタビューしている中継で始まる。そして航海5日目、船上のヴァレリーは、今夜行われるメインイベント、元大統領やビジネス界の第一人者らを招いて行われるディスカッションについてレポートしていた。しかし、そのさなかに突然、彼女の背後で爆音が鳴り響き、映像は途絶えた……。この後の章では、スタジオのアンカーとギャラクシー号沈没事故を取材するジャーナリストが、行方不明者のプロフィールや、事故調査の進展などを報道している。

「私は神」と名乗る若い男

事故後、救命ボートには10人――ギャラクシー号オーナーのジェイソン・ランバートと4人のゲスト(乗客)、乗員4人(甲板員ベンジ、コック夫妻、美容師ニーナ)、そして最後に海中から救い出された(多分ショックのあまり)口のきけなくなった少女――が乗っていた。 漂流3日目になって、もう1人、若い男が海の中から助け出された。そして、その男は、「私は神である」と言った。

彼は本当に神なのか? ベンジも他の遭難者たちも、そんなことはありえないと思いつつ、船の沈没から3日もたったのに傷一つなく海中で生存していたことも信じられず、自問自答を繰り返した。若い男は「私を求める人がいたから、ここに来た」と言った。そして、「助けてくれるのか?」という質問には、「このボートの皆が私のことを信じるならば助ける」と答えた。それから若い男は、他の10人と乏しい食料と水を分かち合い、一緒に過ごしたが、特に《神》らしい行いをすることもなく、静かにそこにいた。

ベンジは、ボートで起こったことをノートに記録し続けた。漂流が長引くにつれ、負傷者は傷の悪化で亡くなり、海に落ちてサメに襲われて命を落とす人も出て、人数はだんだん少なくなっていった。しかし《神》は相変わらず、やつれたりもせずそこにいた。ベンジは、日記に苦しい胸の内も綴るようになった。彼は船の爆発について、金持ちを憎んでいた従兄のドビーが爆弾を持ち込んだが、自分はそれに加担することを拒否したと書いている。しかし、加担はせずとも阻止もしなかったことに自責の念を抱き、船とともに海中に沈んだであろうドビーに思いをはせた。また、アイルランドからの移民としてボストンで苦しい生活を送っていたベンジにとって唯一の明るい希望だった妻アナベルとの出会いを懐かしく思い出し、結局自分のせいで彼女が去ってしまったことに対して強い後悔の気持ちを吐露した。日記は、アナベルへの語りかけでもあった。

神を信じられなくなった警部

ボートの発見者、ロム・ローシュと名乗る男と共に人里離れた島北部の海岸に到着したレフラー警部は、無人のボート内を捜索してチャック付きポリ袋に入ったノートを発見した。ギャラクシー号の沈没は1年前、世界的大ニュースとなり、沈没の原因もわからないまま、乗員、乗客すべてが消息不明になって今に至っている。真相解明の重要な手がかりになるだろうこのノートは、規則にのっとれば、そのまま手を触れずに上司に報告すべきだった。しかし警部は、ロムが見ていないことを幸いに、ノート入りポリ袋を自分のシャツの中に隠して持ち帰った。そして、ノートの存在を誰にも語らず、密かに自宅でノートを読んだ。

警部と妻パトリスには、かつてリリーという名の一人娘がいて、幸せな生活を送っていた。しかしある日、パトリスの母とビーチに出かけた4歳のリリーは、祖母がまどろんでいる間に溺れて死んでしまった。以来、警部は神を信じることができなくなっていた。そして4年後の今、妻パトリスは再び神を信じ始めて心の平安を取り戻したが、警部は相変わらず神を信じることができず、夫婦の溝は深まっていた。 だからこそ、警部はノートに書かれた《神》を名乗る若い男に強い関心を持った。

そんな警部の前に、ベンジの従兄ドビーを名乗る男が現れた。ギャラクシー号の救命ボート発見のニュースを聞き、もしかして従弟ベンジの消息がわかるかもしれないと思い、ボストンからモントセラト島に来たと言った。ベンジの日記によればドビーが爆破犯だから、警部は彼を拘束しようとした。しかしドビーは、自分は船に乗ってもいなかったし、特に金持ちを恨んでいることもないと言った。そこで警部はドビーにベンジの日記を見せた。読んだドビーからベンジの生い立ちなどを聞くうちに、警部は、金持ち、特にジェイソン・ランバートを強く恨んでいたのはベンジのほうではなかったかと考えるようになった。

⚫︎ ベンジが書いたことは真実なのか、あるいは、ドビーが示唆するように《作話(confabulation)》[2]なのか?
⚫︎ ギャラクシー号は、ドビーかベンジが仕掛けた爆弾で爆破されたのか? 
⚫︎ ベンジは妻アナベルとどのような別れ方をしたのか?
⚫︎ なぜベンジはジェイソン・ランバートを強く恨んでいたのか?

そして、救命ボートの発見者ロムは、警部の秘書に警部宛ての封筒を残して姿を消した。 封筒の中には、途中で終わっていたノートの残りのページが入っていた……。 

⚫︎ はたして《神》は本当に神だったのか?
⚫︎ ベンジは死んだのか?
⚫︎ 警部は、神を再び信じられるようになったか?

この小説は著者の他のフィクションと同様、キリスト教に基づく愛と信仰と救済の物語だ。アルボムはCBSモーニングショーのインタビューに答え、この小説を書いた背景には、養子にしていたハイチ人の子供を脳腫瘍で亡くした経験もあると語った。子供を亡くした当初は大きな悲しみに打ちひしがれたが、次第に、子供は病の苦しみから解き放たれ、今は安らかになっていると思えるようになったという。そして、神からの贈り物である子供と過ごした貴重な時間を感謝していると話した。

過重なまでにセンチメンタルな愛、信仰、救済の物語だが、同時に、読みだしたら止まらなくなるミステリー/スリラー小説でもある。意外な、しかし納得の結末にご期待を……。

[2]Confabulation 作話(さくわ)は記憶障害の一種で、過去の出来事・事情・現在の状況についての誤った記憶に基づく発言や行動が特徴である。通常は、本人に嘘をついている自覚や騙すつもりはなく、自分の情報が誤りであるとは気がついていない。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2022/01/12)

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