【NYのベストセラーランキングを先取り!】ルブタンの赤いハイヒールをきっかけに、二人の女性の人生が絡み合う! ブックレビューfromNY<第87回(最終回)>

「他人の靴」の神通力

“To be in someone else’s shoes”という英語の常套句がある。直訳すると「他人の靴を履く」だが、「他人の立場になってみる」といった意味合いで使われる。今月取り上げるジョジョ・モイーズの新作Someone Else’s Shoesは、文字通り他人の靴を履いてしまった女性と、その靴を失ったもう一人の女性の物語である。二人は、その靴がきっかけで今までとは全く違った世界を見ることになり、思いもかけない人生の転換を経験する。赤の他人だった二人の人生が絡みあって物語は進んでいく。

ロンドンの住宅地に住むサム(サマンサ)・ケンプは人生に少し疲れている。夫フィルはリストラで職を失ったため、印刷会社で働くサムが家計を支えている。夫は、父親の死と失業のダブルパンチで、うつ気味、仕事を探すこともせず、昼間はテレビの前のソファーに座ったきりの毎日だ。19歳の娘キャットは難しい年ごろで、両親とあまり会話をしない。かつては営業マンとしてバリバリ仕事をしていたサムだが、会社が吸収合併されてからは、新しい若い上司のサイモンに疎んじられていると感じている。家にいるフィルがソファーから動かず何もしないので、家事もすべてサムがやらざるを得ない。サムは1日何回も、《息を6秒吸って、3秒止め、7秒で吐きだす》呼吸法を行い、気を静めている。そんなサムを見かねた娘キャットがサムに会社の近くの高級スポーツジムのギフト券をプレゼントしたのは、もうだいぶ前のことだった。忙しくて全然行く時間がなく、気がつけば有効期限が迫っていた。ある朝、サムは「今日こそはジムで汗を流してからオフィスに行こう」と思い、スポーツバッグを持って出勤した。

ジムのプールでひと泳ぎした後、サムが更衣室でタオルを体に巻いて髪をドライヤーで乾かしている時、突然同僚のテッドが「用意できた? 車で待っている」と電話してきた。12時のはずのクライアントとの会議が10時に変更されていたことを初めて知った。上司のサイモンは、変更をわざとサムに知らせなかったに違いない。10時まで、あと23分しかなかった。慌てて生乾きの髪のまま服を着ると、ビーチサンダルのまま靴の入ったスポーツバッグを抱えて会社の駐車場まで走り、営業車に乗り込んだ。車の中で待っていたテッドとジョエルは、「サイモンはあんたを目の敵にしているから、ミーティングのスケジュールは必ず秘書に再確認したほうがいい」と忠告した。

車中で化粧をし、ビーチサンダルを黒いパンプスに履き替えようとスポーツバッグの中を見た時、サムは初めてそれが自分のバッグではないことに気づいた。外見はそっくりだったが、サムのバッグは偽物のマークジェイコブス[2]、目の前のバッグは本物だった。中には、サムの履き慣れたパンプスの代わりに、バックベルトの付いたクリスチャンルブタン[3]の真っ赤なクロコのハイヒールが入っていた。ジムに戻る時間はない。ビーチサンダルよりはましだろうと、サムは、この信じられないほど華奢でセクシーなハイヒールを履いてビジネス・ミーティングに臨んだ。

履き慣れないハイヒールでよろよろ歩くサムを見て、相手はサムが酔っているのではないかと疑い、ミーティングは不調に終わった。この日はあと3件のミーティングが入っていたので、サムはくよくよしても仕方がないと気を取り直し、背筋を伸ばして次の会社とのミーティングに臨んだ。今度の相手は真っ赤なハイヒールの迫力に度肝を抜かれたのか、話し合いは一方的にサムが仕切り、契約を取ることができた。次の会社でも同様だった。サムの自信に満ちたプレゼンテーションで示された条件通りに契約が成立した。そして4件目、この日最後のミーティングの相手は大手企業で、もし決まれば大きな契約になる。サムは一段と気合を入れるために、赤いハイヒールと一緒にバッグに入っていたシャネルのクリーム色のジャケットを着てミーティングに臨んだ。ところが、交渉相手のプライス氏は小柄で身なりの良い年配の女性で、冷静かつ厳しい人物だった。決裂はしなかったものの、交渉は平行線のまま終わった。サムは、赤いハイヒールとシャネルのジャケットの神通力もなかったかと落胆した。しかし、サムは洗面所でばったりプライス氏と再会した。交渉の場では冷静、沈着だった彼女は、洗面所ではにこやかにサムのハイヒールとジャケットを褒めたたえ、これから何とか合意点を見つけ出せるよう前向きに交渉を続けたい、とサムに告げた。

突然夫から追い出された妻

ニューヨークに住むニシャ・キャンターは、20年連れ添った富豪の夫カールとロンドンのベントレーホテルの最上階の特別室に滞在している。ホテルのジムが改装工事中のため、宿泊客は近くの高級スポーツジムを使用することができた。ニシャは、ジムで汗を流した後、シャワーを浴びて更衣室のロッカーに戻り、ハンガーにかけたシルクのブラウスを着た。そして、靴を履こうと床に置いてあるスポーツバッグの中を見ると、見たことのないくたびれた黒いパンプスが入っていて、これは自分のバッグではないと気づいた。慌てて自分のバッグを探したが、クリスチャンルブタンの靴とシャネルのジャケットが入ったバッグはどこにもなかった。ジムの受付に文句を言っても埒が明かず、夫に電話したが応答がなかった。仕方なくジムのローブを羽織り、ビーチサンダル姿でホテルまで歩いて戻ったが、ホテルの支配人は、キャンター氏から、ニシャをペントハウスに入れることを禁じられたと言い、部屋のカードキーもすでに無効化されていると告げた。それどころか、クレジットカードも自分名義の銀行口座もすべて封鎖されたことがわかり、ニシャは無一文で、知り合いもいないロンドンの街中に放り出された。

ニシャは助けを求めて、ニューヨークにいるアシスタントのマグダに電話するが、マグダも今しがたキャンター氏に解雇されたと途方に暮れていた。それでも何とかニシャのためにロンドンの安ホテルを予約し、とりあえずはそこに滞在するようにと言った。スポーツジムのローブとビーチサンダルのニシャは、預金もカードも使えないので、洋服を買うこともできなかった。仕方なく、バッグに入っていたわずかな現金で安物のジャケットとパンツを買い、くたびれた黒いパンプスを履いた。相変わらず夫は電話に一切応答しない。ニシャはカールと会って話さなければとホテルに戻ったが、ロビーではカールの私設ガードマンのアリが目を光らせていて、とてもカールと会うことはできそうになかった。正面突破をあきらめ、ホテルの裏口付近で、中へ入れないかと辺りを伺っていると、ホテルのメイドのジャスミンに声をかけられた。彼女は、ニシャがホテルで働き口を探していると勘違いし、このホテルはいつもメイドが不足しているから仕事にありつけるわよと言い、ニシャをホテルの中に入れた。とりあえず現金が必要でもあり、ニシャはメイドとして働くことになった。

女性たちの友情と絆

遠い昔、まだ独身で貧しかったころ、ニシャにはジュリアナという親友がいた。しかし、カールと結婚したことで友情は終わってしまった。以来、ニシャには真の女友達はいなかった。夫の友人の妻たちとは親しくしていたが、ニシャが夫から拒絶された時点で、彼女たちもニシャとの関わりを絶った。だから、ニシャを不法移民と勘違いしたジャスミンの親切は新鮮な驚きだった。一緒にメイドとして働くなかでニシャの本当の身の上を知ったジャスミンは、娘と住む小さなアパートにニシャをしばらく同居させ、良き相談相手となった。

家が隣同士のアンドレアとサムは、中学時代からの親友だった。折に触れてサムは、仕事の問題、家族の問題をアンドレアに相談し、彼女の冷静で温かみのある判断やアドバイスに頼っていた。最近のアンドレアは、がん治療をしていて髪の毛も抜け落ち体も辛そうで、サムは心配しているが、そんな体調でも頼りがいのある、かけがえのない相談相手だった。

ニシャはもうカールとやり直す気はさらさらなく、寄宿学校に入れられている息子のレイモンドと二人だけで静かに暮らせる経済基盤を保証してもらって離婚したいと考えている。やっとカールと連絡が取れて、その意思を伝えた。すると、カールが出した離婚調停を始める条件は、なんと誕生日プレゼントだったクリスチャンルブタンの靴をカールに返すことだった。ニシャは正直に、その靴はスポーツジムで盗まれ、直後にジムが閉鎖になったため、どこにあるかわからないと話したが、カールは、靴を返さなければ調停には一切応じない、の一点張りだった。カールがなぜそんなに靴にこだわるのか、ニシャには理解できなかった。

スポーツバッグを間違えたサムは、すぐにジムに返しに行こうと思いつつ、忙しさにかまけて延び延びになっているうちに、突然ジムは閉鎖され、返すすべをなくした。靴とジャケットの入ったバッグは寝室のクローゼットにしまい込み、時々、ここが勝負という時や、気分を高めたい時に使わせてもらった。

ついにニシャは執念でサムを特定し、会社に乗り込むと、サムを《泥棒》と罵った。サムは、バッグを間違えてしまったこと、返しに行った時にはジムが閉鎖されていたと弁明したが、騒ぎを聞きつけた上司のサイモンは、泥棒を雇っておくわけにはいかないと、その場でサムをクビにしてしまった。会社を追い出されたサムは、ニシャに、スポーツバッグは家にあるのですぐ返すと言い、一緒に家に戻った。サムはクローゼットからスポーツバッグを取り出してニシャに渡した。しかし、中を確認したニシャは「靴がない!」と叫んだ。靴がなくなっていたとはサムも知らなかった。一体何が起きたのか?

この後、サムとニシャ、それぞれの親友であるアンドレアとジャスミンの4人が協力し、消えた赤いクリスチャンルブタンのハイヒールのありかを突き止め、回収するために奇想天外な策略を巡らすことになる。

⚫︎ なぜカール・キャンターは、妻にプレゼントした靴を取り戻したかったのか?
⚫︎ ニシャはカールから満足できる離婚条件を勝ち取ることができるのか?
⚫︎ 泥棒扱いされてクビになったサムのキャリアはどうなるのか?
⚫︎ サムとフィルの夫婦関係は?

この小説では、アンドレアやジャスミンだけでなく、サムやニシャと関わる女性たちの友情や連帯が描かれる。ニシャは離婚騒動の過程で、昔の親友ジュリアナとの友情を取り戻すことができ、サムは、交渉相手だったミリアム・プライスとビジネスを超えた信頼関係を築くなど、もう若くはない女性たちの絆とパワーが読みどころのひとつだ。

著者について[4]

ジョジョ・モイーズ、本名ポーリン・サラ・ジョー・モイーズは1969年、英国のケント州メイドストーン生まれ。ロンドン大学で学んだ後、インディペンデント紙などでジャーナリストとして活動。2002年から小説家に専念。2012年に出版された小説 Me Before You(邦題:ミー・ビフォア・ユー きみと選んだ明日)は世界的大ベストセラーとなり、2016年に同タイトル(邦題:世界一キライなあなたに)で映画化されている。本コラムでは、2019年12月、The Giver of Starsを紹介している。

[2]Marc Jacobs ニューヨーク生まれのファッションデザイナー名であり、ブランド名。
[3]Christian Louboutin フランスのファッションデザイナー名であり、靴のブランド名。
[4]Jojo Moyes – Wikipedia

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2023/03/14)

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