こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「犬」
こざわたまこさんの新刊『教室のゴルディロックスゾーン』発売を記念して、小説丸だけで読めるスピンオフ小説を掲載!
なんと全部で6つの物語が楽しめます! お話はそれぞれで完結しているので、『教室のゴルディロックスゾーン』を未読の方でも安心してご覧いただけますが、本編読後の方がより楽しめるかと思います。
4つめは、依子のクラスメイトのお話です。
犬(ある日の菅谷元晴)
犬は苦手だ。急に齧りついたり、のしかかってきたりしそうで怖いし、わんわんわんわん、うるさいし。何より臭くて、人懐っこい。あいつらは、こっちが来るな来るな、と思っている時に限って飛びかかって来ようとする。全然空気が読めないし、遠慮もない。あいつらの自信って、一体どこからやってくるんだろう。ぼくは人間から愛されてます、って無条件に信じてるあの感じ。それを受け入れなかったら、こっちが悪者にされちゃいそうなあの感じ。
そういうところが、苦手だ。それに比べたら、犬より猫の方がずっといい。最近行きつけのバッティングセンターに居ついてる猫が、いい例だ。あいつらは、餌をくれる人間とくれない人間をはっきり区別してる。餌をくれそうな客には、文字通り猫撫で声を上げて擦り寄っていくし、そうじゃない常連客(俺のことだ)には、はなから見向きもしない。そういうところが噓やお世辞がなくて、逆に信頼できる、と思う。
俺が犬嫌いになったのは、大昔に公園で、クラスメイトが犬に追いかけ回されているのを見たせいだ。地獄の果てまで追いかけまっせ、という勢いでぎゃんぎゃん吠えまくる犬と、半泣きになってその犬から逃げ回るクラスメイトの姿がトラウマで、あれ以来犬は完全にNGとなった。今では、街中で散歩中の犬を見かけただけでも体がびくっとなる。それを話したら、健斗には「自分がやられたわけでもねーのに、意味わかんねー」って、ゲラゲラ笑われたけど。
「モトって案外ビビりだよな。それを相手に見抜かれてんだよ。犬って、絶対舐められちゃダメなんだぜ」
犬好きの健斗曰く、あいつらはただかわいがるだけじゃダメなんだそうだ。主従関係ってのがいちばん大事らしいけど、俺にはよくわからない。きっと、犬が好きな奴にしかわからない、付き合い方のコツみたいなやつがあるんだろうな。
健斗とは、小学校低学年の頃から同じサッカークラブに所属していたこともあり、なんだかんだで付き合いは長い。お互いに、顔と名前だけは知っている、という状態が数年は続いただろうか。その頃から、健斗は負けず嫌いな性格だった。どんなに勝てる見込みがなくても決して諦めず、果敢にボールを奪いに行っていた。当時はクラスが別々だったこともあり、やけに強引なプレイをする奴がいるな、くらいにしか思っていなかったけど。
五年生のクラス替えで同じクラスになってから、健斗の印象は変わった。秋の運動会で、健斗が主将、俺が副将に選ばれたことがきっかけだった。ことあるごとに衝突を繰り返しながらも、俺達は最終的に、クラスを優勝に導いた。たしかに健斗は口が悪いし、なんなら態度だって悪い。けど良くも悪くも素直な性格だから、真っ向から向き合えば、ちゃんとそれに応えてくれる。俺は何をするにもあれこれ深く考え込んじゃう慎重派だけど、健斗はどっちかって言うと直感に任せて突っ走るタイプ。失敗が多い分打たれ強いし、そこから立ち直るのも早い。小学生の頃、担任の先生からはよく「君らは足して二で割るとちょうどいいね」なんて言われてた。
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。