こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「ささやかな祈り」

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 自分で言うのもなんですが、当時のわたしは、あらゆる意味で彼とは正反対の子どもでした。成績はクラスでも一番か二番、聞き分けがよく、時には率先してクラスメイトを注意したりもする。幼い頃から真面目まじめだけが取り柄で、課されたルールに従うことを何より得意としていましたから。クラスメイト達からは、委員長、なんて陰口を叩かれたこともあるくらいです。

 当時九歳だったわたしの訴えを、先生はとても真摯しんしに受け止めてくれました。そうだよね、困るよね、絶対許せないよね。……とまでは言いませんでしたが、少なくとも、わたしの言うことを疑ったり、頭ごなしに否定したりすることはありませんでした。そうか、そんなことがあったんだ、それはひどいね。そんな風に、やさしく受け止めてくれたのです。そのことに気をよくしたわたしは、ますます饒舌じょうぜつになっていきました。

 彼が周囲の気をこうと奇声をあげるたびに、授業が止まってしまうこと。普段から忘れ物が多く、近くのクラスメイトから借りてばかりで、それを悪びれもしないこと。一度借りたものは、絶対に返そうとしないこと。彼の洋服や持ち物が、必ずと言っていいほど汚れていること。彼がぼりぼり頭をかくと、白いふけが大量に宙を舞うこと。そのせいで、隣の席になった子が迷惑していること。伸びっぱなしの爪が、真っ黒で汚いこと。爪み癖のせいで、彼の指先にはいつも血がにじんでいること。あの子って、なんか汚い。家でちゃんとお風呂に入ってるのかな。気がつけば、そんなことまで口にしてました。

 先生の前で、散々彼への不満をまくし立てた後、わたしは最後に、こんなことを言いました。

「消しゴムくらい、家で買ってもらえばいいのに」

 わたしは先生に、そうだね、戸塚さんの言う通りだと思う、と共感してほしかったのです。ところが、しばらく待ってみても、先生からの反応はありません。なんだか肩透かしをらったような気分になりました。長い沈黙に不安を覚えて、先生? と首をかしげると、うん、そうだね、と言って、先生が自分の机から顔を上げました。ほっとしたのもつかの間、

「でもね」

 それまでわたしの言い分を黙って聞いていた先生が、ぽつりとつぶやきました。

「みんながみんな、あなたのようなおうちに生まれてこれるわけじゃないんだ」

 一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。内容はもちろん、その突き放したような声のトーンが、今でも耳の奥に残っています。先生は、はっとしたような顔をして、それからすぐに、変なこと言ってごめんなさい、と目を伏せました。

「……まだ少し、あなた達には難しいね」

 ちょうど昼休みの終了を告げるチャイムが鳴って、先生は席から立ち上がりました。教えてくれてありがとう。戸塚さんは、お友達についていてあげてくださいね。彼には、私から話をします。だから、あとは先生にまかせてくれるかな。幼い子どもを言い含めるような口調に、わたしはうっすらと傷つきました。少し遅れて、怒りも湧いてきました。どうして先生はわたし達ではなく、あの子をかばうのか。なんでわたしが――わたし達が、そんなことを言われなきゃいけないのか。彼が怒りっぽく、すぐ暴力に訴えようとするのも、そのせいでクラスから厄介者扱いされているのも、全部その子の自業自得だ、と思っていたから。



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『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ


こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。

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