話題沸騰、たちまち重版記念! 水村舟『県警の守護神 警務部監察課訟務係』ためし読み

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 千隼は、制服に着替えてから保管庫に行き、取扱責任者から拳銃を受領した。

 樹脂製の拳銃ケースに五連発リボルバーを収めると、ずしり、と体に重みが加わる。勤務中は常時携行しているので、その重さには慣れている──はずなのに、野上のせいで、いつもより存在を意識してしまう。

 朝礼が行われている間、千隼はどこか上の空だった。

 地域課長の長谷はせは、野上に早速怒られたのか、警察官たるもの私服は地味で清潔なものを着るように、と繰り返している。

 この説教は自分には関係ない──千隼は目立つのが嫌いで派手な服は買わないし、今では髪形も黒のショートヘアで、ピアスもネイルもしていない。

 集中力が続かない。かわりに、頭に浮かんできたことがあった。先月、朝礼で、青山あおやま優治ゆうじ巡査部長が拳銃を抜いたという話を聞かされた。不良少年の喧嘩を止めようとして抵抗され、金属バットで殴られそうになったので拳銃を抜いてしまった──そう話す地域課長の口調は、とがめるようなものだったと記憶している。

 千隼と青山は、地域課内での所属班が異なるから、勤務ローテーションも別であり、顔を合わせる機会は少ない。しかし、今日の千隼は、非番を返上して別班のローテに入っている。休暇を取得したのは青山とペアを組む先輩なので、今日は、青山と行動することになるだろう。

 朝礼が終わった後、各交番へ出発するため地域課員が散る。

 青山の姿を探したが、見当たらなかったので、千隼は、内勤の佐川さがわ絵里えり巡査長をつかまえて聞いた。

「青山さんをまだ見かけていません。休みですか?」

「そう。今日は休み……だけどね、青山君は、昨日付けで、別の交番へ転属になったの」

 ひと回り年上の佐川は、人付き合いがよく、署内の事情に通じている。顔を近づけ、千隼に耳打ちをした。

「彼、また、やらかしちゃったのよ。青山君は、すぐに『これだから女は』とか、『女は下がってろ』とか言うタイプでしょ。千隼ちゃんも怒っていたでしょう?」

 千隼は、小太りで背の低い青山を思い浮かべた。

「ええ、まあ。どちらかというと嫌いです」

「それ、刑事課の小林こばやし由香ゆかちゃんにも、言っちゃったのね。彼女、そういうの許せないから、すぐ本部の監察に通報したそうよ。副署長を飛ばして本部へというのが、彼女らしく合理的でいいわよね」

 千隼はうなずいた。確かに、あの野上副署長に言ったところで、対処してくれるとは思えない。

「それで、本部から、青山君はしばらく女警とペアを組ませるな、とお達しがあったわけ。彼もねえ……今どき、そんなこと堂々と言ったら、どうなるかわかっていなかったのかな。信じられない」

 千隼は、先ほど野上から言われたことを思い返した。

「私たちって、邪魔者なんでしょうか。みんな、本音では女性警察官はいらない、と思っているんでしょうか」

 佐川は既婚者で子どもが三人いると聞いたことがあるが、華奢で幼く見える。野上の中では、彼女もまた、警察を弱体化させるひとりと分類されているのだろうか。

「ん? 何があったか聞かないけれど……そう考えている人もいるよね。野上副署長も、本部捜査一課の班長だったときなんか、ひどかったのよ。捜査本部への応援要員に女性が行くと、女なんか出すな、取り替えろ……とか。今は、副署長で人事管理する立場になったから、口に出しては言わなくなったようだけど」

 そこで佐川は顔を綻ばせ、千隼の肩に手を置いた。

「でもね、警察の仕事も色々あるんだから。強さが全てなら、警察には機動隊だけあればいい、ということになっちゃう」

「私、交番の方がいいです」

「そうよね。千隼ちゃんのやりたいように、頑張ればいい」

 千隼は、佐川に向かって頭を下げた。

「でも青山さん、お休みなんですよね。聞きたいことがあったんですけど……」

「気を付けてね、彼、ずいぶん落ち込んでいたから。刑事になると言い続けてるけれど、三十歳になっても交番勤務のままでしょう。それでまた問題発生だもの。もう、厳しいかもね」



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水村 舟



水村 舟(みずむら・しゅう)

旧警察小説大賞をきっかけに執筆を開始。第2回警察小説新人賞を受賞した今作『県警の守護神 警務部監察課訟務係』でデビュー。

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