採れたて本!【歴史・時代小説#21】

採れたて本!【歴史時代#21】

 ネット上での高額転売を防止するため全冊にサインを入れると報じられ発売前から話題を集めた澤田瞳子の新作は、実際に800年に起きた富士山延暦噴火を題材にしている。富士山の噴火と坂上田村麻呂による蝦夷討伐という無関係そうな史実が、思わぬ形でリンクする意外性と緻密な構成も光り、間違いなく著者の代表作になるだろう。

 おおなかとみ家の家人(主一家の財産として所有される奴隷)の鷹取は、駿河の国司として任地へ赴く伯麻はかまへの同行を命じられた。食うに困らないが将来に展望がなく、30になっても女性と関係を持った経験がない鷹取は、現代の弱者男性に近い。そのため鷹取に共感する同世代の男性読者は、少なくないように思えた。

 鷹取が馬の世話をしていた時に地震が発生し、伯麻呂の馬を逃がしてしまう。駿河大掾のだの朝臣あそんつなむしに、官営の岡野まきに行き、似た馬を連れてくれば失態を報告しないといわれた鷹取は、以前の駿河国司の従僕だったが取り残され今はこくで働く宿奈すくなと岡野牧へ向かう。

 災害の歴史を調べ、いずれ富士山が噴火すると主張している宿奈麻呂は変わり者と思われていたが、その言葉が現実となり、鷹取が岡野牧近郊の栄えた駅・よこばしりに行っていた時に富士山が噴火する。火山灰と火山弾が降り注ぐ中、鷹取と横走の人たちが逃げ惑うシーンには、恐怖を感じるほどのリアリティがある。

 広大な岡野牧は、長倉駅に逃げていた横走の住人約400人を引き受ける。宿奈麻呂は、地縁血縁で結ばれた人たちを集めるが、これは仮設住宅に近所の人を揃え孤立を防ぐ現代の手法を彷彿させる。

 無人になった横走には火事場泥棒が現れ、駅子のふちが警備担当になる。火山灰に埋もれているのに富裕な家から金目の物を確実に盗む火事場泥棒の意外な正体は、ミステリとしても秀逸である。

 噴火が収まり、岡野牧は牧畜の再開を、横走の人たちは生活再建を進めようとしていた頃、追い討ちをかけるようにさらなる災害が発生してしまう。

 著者は、災害と先行きの不透明感が、平時なら表に出ない対立や差別感情を浮き彫りにする現実を丹念に描いていく。さらに復興の方針の違いが軋轢を生むなど、現代でも起こり得るエピソードが続くので、息苦しさを感じるほどである。

 良戸も賤民も区別せず襲いかかる天災と、身分に関係なく協力して復興に当たる経験をした鷹取が、身分の軛を抜け出し生きる意味を見つける終盤は青春小説としても楽しめ、勇気と希望がもらえる。

 そして混乱が激しい噴火直後から、被災者から聞き取り調査をしていた宿奈麻呂の姿は、災害を記録し、それを次の災害に備えるために使うことの重要性に改めて気付かせてくれるはずだ。

赫夜

『赫夜』
澤田瞳子
光文社

評者=末國善己 

翔田 寛『二人の誘拐者』
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.161 宮脇書店青森店 大竹真奈美さん