連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:伊藤詩織(ジャーナリスト)

声を上げることのできない多くの性犯罪被害者がいる。罪に問われない加害者がいる。私たちは性犯罪にどう向き合えばいいのか。自身のレイプ被害を告発したジャーナリスト伊藤詩織さんとともに考える。

 


第十八回
日本にも「Me Too」を!
ゲスト  伊藤詩織
(ジャーナリスト)


Photograph:Hisaaki Mihara

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第18回メイン

伊藤詩織(左)、中島京子(右)

レイプ犯は、大多数が顔見知り

中島 私が詩織さんの姿を初めて拝見したのは、二〇一七年五月二十九日。自ら被害者となったレイプ(強姦)事件が不起訴処分となったため、検察審査会への申し立てを行い、その後司法記者クラブで会見された時の報道映像でした。勇気を出して理不尽と闘う。言葉で言うのは簡単ですが、特にレイプの被害者は好奇の目にも晒されます。実際に一歩足を踏み出した人は日本ではほとんどいない。報道されているのは本当に氷山の一角で、性犯罪は社会の中に根深く潜んでいると思うんです。もし、私たちの世代がちゃんと声を上げていれば、社会も少しは変わっていたかもしれない。詩織さんがひとりで頑張らなければいけないような状況にしてしまい、本当に申し訳ないなと思いました。
伊藤 ありがとうございます。中島さんにそう言っていただけると、勇気が湧いてきます。
中島 そして、十月十八日に著書『Black Box ブラックボックス』(文藝春秋)を出版されました。読んでいると、被疑者を逮捕する直前で上からの圧力でストップがかかったことや警察が示談を仲介するなど、この国が信用できなくなるような出来事があまりに多くて、腹立ちを通り越して悲しくなりました。私も詩織さんを応援するひとりとして、新聞広告に推薦文(「会見を見て、未来を生きる人たちのために意を決して声を上げた詩織さんを、一人にしてはいけないと思った」)を寄せました。
伊藤 私も最初は、あまりの理不尽さに悩み、苦しみました。でも、次から次へとおかしなことが起こるので、途中からもう考えるのはやめにしました。
中島 何より驚いたのは、強姦罪が認定されるためには、強姦があったことを被害者が証明しなくてはいけないということでした。
伊藤 「行為があったか」「合意があったか」そして何よりも「暴行・脅迫があったか」を被害者が証明しないといけないんです。
中島 普通に考えると「無罪だというなら証明しなさい」と言われるのは、訴えられたほうだと思うのですが。
伊藤 強姦の場合、見知らぬ人に突然襲われるような事件は、全体の一割くらい。大多数が、顔見知りによる犯行なんです。被疑者が顔見知りの場合「彼女がよろこんでついてきた」と証言されれば、被害者がそれを否定する証拠を示さないと起訴することは難しいのです。
中島 この法律は、日本の女性みんなが、ちゃんと知っておかないといけないことですね。誰もが、いつ被害者になるかわからないですから。
伊藤 女性に限らず、男性にとってもです。二〇一七年の刑法改正で、「強姦罪」は「強制性交等罪」と変更されて、男性も対象になりました。ようやくという感じですが、海外では教会の神父さんによる男児への性的暴行も問題になっています。日本でも、あまり報告されていないだけで、男性の被害者も多いと思います。
中島 この本にあるようにレイプ被害にあった場合、最初に駆け込むべきところは病院の婦人科ではなく救急外来だということも、ほとんどの人が知らなかったと思います。
伊藤 現在、日本ではDNAなどを分析して加害者を特定するための「レイプキット」を設置しているのは、主に救急外来です。
中島 なぜ婦人科じゃないのでしょう。救急外来は、重篤な患者さんも運ばれてくるところですから、レイプの被害を受けた直後に駆け込むのは心理的に難しい気がします。
伊藤 そうなんです。婦人科にもぜひ設置してほしいですよね。外科でも、内科でも問診票に「性被害を受けましたか?」という一文が追加されるだけで、ずいぶん違うと思います。その病院に「レイプキット」がなくても、近くの病院を紹介することができますから。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第18回文中画像1中島 それでも、詩織さんの勇気ある告発によって、性犯罪の被害者になったときにどうすればいいのかという、これまで表に出ていなかった大切な情報が共有され、問題として認識され始めました。
伊藤 スウェーデンには、「レイプ緊急センター」があって、二十四時間三百六十五日いつでも対応してくれます。二〇一五年には、男性専用の窓口もオープンしました。それまでも男性を拒んではいなかったのですが、あえて「男性専用」と看板を掲げたんです。
中島 たしかに、男性のほうが女性よりも声を上げにくい現実はありますね。スウェーデンには取材に行かれたのですよね。
伊藤 はい。スウェーデンは、レイプの発生率が世界一多い国なんです。なぜかというと、レイプ一回を一件とカウントするからです。長期間にわたってレイプされ続けた事件では、その回数分がカウントされるので、レイプの発生件数も多くなります。
中島 なるほど、国として性犯罪に対する問題意識が高く、対策も進んでいる。隠されていないんですね。
伊藤 スウェーデンの「レイプ緊急センター」の調べによると、被害者のうち約七割が現場でフリーズ状態に陥っています。殺されるかもしれない。恐くて抵抗すらできない被害者がこんなに多いんです。
中島 日本でも同じですね。しかも、被害者による証明が必要だということは「抵抗しなかった」イコール「合意があった」ととられるかもしれない。理不尽ですよね。もっと被害者の立場に寄った法律に変えられないのでしょうか?
伊藤 スウェーデンでは、被疑者のほうに合意を証明させるための新しい法案づくりに着手しているそうです。行為に及ぶ前に、一筆書かせるのか、もしくは録音するのか。具体策はまだわかりませんが、そういう法律ができると、襲われそうになったときにも、拒否する気持ちを後押ししてくれると思います。

日本女性の「NO」は「YES」?

中島 今朝、詩織さんのことを考えながら対談に出かける準備をしていたら、突然ピンク・レディーの『S・O・S』という歌が頭のなかで流れ始めました。「男は狼なのよ 気をつけなさい 年頃になったなら つつしみなさい」という歌詞で始まる曲です。
伊藤 「つつしみなさい」ですか……。
中島 「羊の顔していても 心の中は 狼が牙をむく そういうものよ」と続くんですね。子どものときに覚えた歌だから、記憶違いかなと思って、ネットで検索してみたら、やっぱり「つつしみなさい」なんです。男は危険なものだから、女の子がつつしまなければならない。この国はそういう文化をずっとひきずってきていると思います。
伊藤 たぶん年配の女性からだと思うのですが、記者会見のあとに「あなたはもっとつつしまなければならない」という内容のメールをもらったことがあります。
中島 残念ながら性被害にあうのは、女性のほうがふしだらだからだというイメージが刷り込まれているのでしょうね。被害にあったほうが責められるなんて、どう考えてもおかしい。セカンドレイプです。
伊藤 ネットで「金玉潰し」というのを見つました。
中島 なにそれ。強烈なネーミングですね!
伊藤 「男性が電車で股を開いて座っていたら潰していい。路上で寝ていたら潰していい。男性のだらしない行為は、すべて潰していい」。そんなことを言われたら、男の人だってぎょっとするんじゃないでしょうか?
中島 「被害にあうのは女性が悪い」という言説がいかに理不尽かをわかってもらうにはよい比喩(笑)。
伊藤 駐在員として日本に来ている外国人の友だちから聞いた話で、ちょっと驚いたことがあるんです。彼は、これまで四人の日本人女性とお付き合いをしたことがあるそうです。そのうちの三人は、最初に夜をともにした日に性行為を行おうとしたら「NO」と断られた。まだそんな気持ちじゃないんだと思い「本当にごめん、大丈夫」とあやまると、彼女は「なぜ途中でやめちゃうの」と怒りだした。彼は、彼女の真意がわからず、混乱したと言っていました。
中島 「NO」と言っても、本当は「YES」だってこと?
伊藤 そうなんです。インターナショナルなスタンダードだと、「NO」は「NO」でしょう。
中島 日本人の男性はどうなんでしょう?
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第18回文中画像2伊藤 男友だちに聞くと、彼らもそういう日本女性の態度は理解できるという。でも、もしかしたら本気で「NO」と嫌がっているのかもしれないでしょう。なぜ相手の気持ちがわかるのかと、喧嘩になってしまうこともありました(笑)。
中島 根深いですよね。日本の男性には性行為における女性の「NO」は「YES」だと翻訳する装置が組み込まれているのかもしれない。昔は「イヤよイヤよも好きのうち」なんて言葉もあったけれど、現代の若者たちのメンタリティも似たようなものだと知ると、ちょっとショックです。
伊藤 私にはそういう感覚がまったくなかったから、最初は彼の話がまったく理解できませんでした。でも、それが男女の駆け引きなのか、本当の「NO」なのか、ちゃんとわかるように意思表示できないと、危険だと思うんですね。
中島 どうすればいいんでしょう。「NO」や「イヤ」に、両方の意味があるというのは、加害者にとっても免罪符になってしまう。
伊藤 だから日本語にも「Fuck off!(うせろ)」のような強烈な言葉が欲しいんです。英語圏で、女性が大声でこの言葉を使う時は、相手を罵倒していることが明白です。私の場合も、最後はかなり激しく英語で罵りました。
中島 日本語には、そういう強烈な「罵倒語」はない。
伊藤 短くて、強烈な日本語の罵倒語。中島さんも、ぜひいっしょに考えてください。
中島 新しい言葉を作る。すごく革命的な提案かもしれませんね。「NO」が「NO」だと伝わらないのだから、絶対に「NO」だと誰もがわかる言葉。そういう武器が日本女性には必要なんですね。

被害者として。ジャーナリストとして

中島 詩織さんのときのように就職活動中の大学生の女性は、とくに危険な環境ですよね。
伊藤 なかなか口には出せないでしょうが、被害者は多いと思います。
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第18回文中画像3中島 就職や仕事の上下関係がある場合は、いろんな思惑が働く可能性もあるから難しいですよね。元TBSワシントン支局長の逮捕を直前で中止させた警視庁の刑事部長(当時)も『週刊新潮』の取材に対して、所詮男と女の揉め事、という内容の発言をしていました。地位や権力のある男性の頭の中で、なぜ「仕事の相談」が「男女の関係」とつながってしまうのか。そういう空気がセクハラやパワハラの温床になっている気がします。
伊藤 彼らのマインドセットが恐ろしいですね。しかも、警察の上層部にいる。日本は大丈夫なのか?
中島 詩織さん自身、会見後いろんな活動をされていて、実際にレイプ被害者の方とお会いになることもあると思います。
伊藤 私を取材してくれた女性記者さんのなかにも、性被害を受けたことがあると告白された方がいます。
中島 取材に来た記者さんが、告白されたんですか!
伊藤 あるネットメディアの記者の方なのですが、誰にも言えずにずっと自分のこころのなかに閉じ込めてきたんでしょうね。インタビューを終えたあと、これまで自分が被害を受けたことは、言わないほうがいいと思っていたけれど、ちゃんと書かないといけないと語り始め、実名で記事を書かれました。
中島 彼女も詩織さんの行動に後押しされたんですね。
伊藤 前回ロンドンに発つ前日に、カフェでミーティングの準備をしていました。「詩織さんですよね」と、ひとりの女性が駆け寄ってきて「応援しています」と言ってくれたんです。そのあと、彼女は自分も私と同じような体験をしたのだと告白し、泣き出しました。その姿を見ていると、何年前のことであろうと、私たち被害者のなかでは決して時効になることはないんだと、あらためて実感しました。
中島 ハリウッドで大物プロデューサーのセクハラ事件が公になったとき、多くの女優たちが自分も被害を受けたと告白しました。その後セクハラ被害を受けたことのある女性たちに対して「#Me Too(私も)」をつけてツイッターに投稿しようという呼びかけが広がりました。
伊藤 素晴らしいですよね。レディー・ガガさんでさえ七年間、誰にも言えなかったそうです。その閉ざされた気持ちを誰かにすくい取ってもらえないと、ずっと誰にも言えない。少しずつでもいいから、そういう人たちの気持ちをすくい取れるような活動が出てきたらいいなと思います。
中島 ひとりだと逆風を受けることがあっても、大勢の力が合わさるとムーブメントになります。権力を笠に着た悪にも、正義で対抗できる。
伊藤 日本でも、「Me Too」のアクションがひろがっていけばいいなと思います。
中島 現在は日本を離れて、イギリスで活動されているそうですね?
連載対談 中島京子の「扉をあけたら」第18回文中画像4伊藤 はい。私の状況だと、日本ではどうしてもジャーナリストとしての活動はやりにくい。だから、バイアスのかからない海外で活動しようと考えました。いまはロンドンを拠点にしています。
中島 なぜロンドンを選んだんですか?
伊藤 ロンドンにはイギリスのメディアだけでなく、世界のいろんなメディアの支局が集まっています。向こうのメディアは、私のような経験値の少ないジャーナリストにも「Welcome」と門戸を開いてくれる。提案した企画が良ければ、すぐに採用してくれます。
中島 ジャーナリズムは権威を監視する役割もあるから、すべての人から情報を集める姿勢は正しいですね。残念ながら日本のメディアは、それほどオープンではないですね。海外のメディアで経験を積むのは正解でしょうね。
伊藤 BBCが採用してくれた私の企画のために、南アフリカの女性がいっしょに働いてくれています。彼女の話だと、南アフリカでは、小さい頃から学校で性のことを歌にして教えてくれるそうです。大人の男性には小児性愛者がいるから気をつけようとか、おかしな人がいたらすぐに先生に報告するようにと、ちゃんと性被害に対する教育が行われている。
中島 日本より治安が悪いということもあるのでしょうが、「NO」は「YES」だという文化が残っている日本に比べると、はるかに意識が高い。教育の重要性を感じますね。
伊藤 そうなんです。私自身の問題を解決するためにも、日本の性犯罪に対する意識を変えていきたいと思います。
中島 被害者でもある詩織さんが、ジャーナリストとして海外から発信していく。そのメッセージの重さは、必ず日本にも伝わると思います。
 そして、詩織さんの勇気ある行動は、すでにこの国を変え始めていると思います。ゆっくりかもしれないけど。詩織さんの活動、これからも応援しています。

構成・片原泰志

プロフィール

中島京子(なかじま・きょうこ)

1964年東京都生まれ。1986年東京女子大学文理学部史学科卒業後、出版社勤務を経て独立。1996年にインターンシッププログラムで渡米、翌年帰国し、フリーライターに。2003年に『FUTON』でデビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞受賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2016年、日本医療小説大賞を受賞。

伊藤詩織(いとう・しおり)

1989年生まれ。ジャーナリスト。現在、「エコノミスト」、ロイターなど主に海外メディアで活動している。2015年に元TBSワシントン支局長の男性と都内で飲食した後、ホテルで意識の無い状態で性的暴行を受けたと警察に被害届を提出。準強姦容疑で捜査されたが、男性は嫌疑不十分で不起訴処分に。2017年5月に検察審査会に不服申し立てをしたが、9月に「不起訴相当」と議決。10月24日に日本外国特派員協会で会見し「レイプ被害の救済システム整備」を訴え、国内外で大きな反響を呼ぶ。11月21日には、伊藤さんのレイプ被害に対する捜査や検察審査会のあり方を検証するため、野党議員による「超党派の会」が発足した。

logo_144
豪華執筆陣による小説、詩、エッセイなどの読み物連載に加え、読書案内、小学館の新刊情報も満載。小さな雑誌で驚くほど充実した内容。あなたの好奇心を存分に刺激すること間違いなし。

<『連載対談 中島京子の「扉をあけたら」』連載記事一覧はこちらから>

初出:P+D MAGAZINE(2017/12/20)

【ランキング】クリスマス商戦・人気ベストセラー作家の競演! ブックレビューfromNY<第25回>
クリぼっちでも寂しくない!クリスマス小説からクリスマスの過ごし方を学ぼう。