【著者インタビュー】横田増生『ユニクロ潜入一年』

合法的に改名までして、ユニクロにアルバイトとして潜入した著者。時間をかけて、超トップダウン体制に疲弊する現場を克明に描く、ルポルタージュの傑作!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

サービス残業、人件費抑制――ワンマン経営に疲弊する現場を克明に描く傑作潜入ルポ

『ユニクロ潜入一年』
ユニクロ潜入一年 書影
文藝春秋
1500円+税
装丁/関口聖司

横田増生
著者_横田増生1
●よこた・ますお 1965年福岡生まれ。関西学院大学卒。アイオワ大学大学院でジャーナリズムを学び、修士号取得。帰国後は『輸送経済』編集長等を経て、99年に独立。著書に『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』『フランスの子育てが、日本よりも10倍楽な理由』『評伝ナンシー関「心に一人のナンシーを」』『仁義なき宅配 ヤマト VS 佐川 VS 日本郵便 VS アマゾン』等。168㌢、体重は「ユニクロ潜入中に10㌔落ち、今はリバウンドして73㌔」。O型。

社長を教祖と崇める信者だけが救われる宗教じみたトップダウンは僕は御免です

〈出発点は激怒であった〉〈私は、メロスのように激怒していたのであった。彼が「必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬ」と決意して、短剣を懐中に忍ばせ王城に入っていったように〉――。
と、横田増生氏が物騒なことを書くにはワケがある。かつて氏は『ユニクロ帝国の光と影』(11年)をめぐる名誉棄損訴訟の渦中にあり、14年末の原告敗訴確定後も決算発表から締め出されるなど、ユニクロから一切の接触を拒否されたのだ。
「情報公開が前提の上場企業が記者を出禁にするなんて前代未聞。情報を知るには、もう働くしかないなと」
そう。彼は本書『ユニクロ潜入一年』を書くためにまずは姓を合法的、、、に変え、本名・田中増生(仮)としてアルバイトを始めたのだ。これまで数々の潜入取材を手がけた「企業に最も嫌われるジャーナリスト」は、15年10月から翌年末まで、幕張新都心、ららぽーと豊洲、新宿ビックロ各店で時給約1000円、交通費ナシのアルバイトとして勤務。それでこそ見えてきた、躍進企業の真実とは?

妻と離婚し再婚。そして妻の姓を名乗れば、なるほど合法的に改名はできる。
「そこは文春側の弁護士とも重々相談して、履歴書にウソはないようにしました。
ただし50代男性のバイトは僕だけで、年恰好的には相当怪しかったとは思う。でも人間、確証がない限り疑うまではしないらしく、アメリカの大学院を出てて、英語が話せても、案外バレないものなんです(笑い)」
発端は雑誌『プレジデント』で読んだ柳井正社長の発言だった。〈悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど〉〈うちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたい〉……。
「僕にはそれが柳井氏からの〈招待状〉に見えた(笑い)。サービス残業にしてもあると認めた上で対策を講じるならまだしも、『そんなものは1つもない』というのが彼の前提なので、現場では極力、目視、、を心がけました。
例えば僕が20時に仕事をあがる時、持ち物検査のハンコを押してくれた店長自身の勤退確認リストを翌日見ると、退勤時間が18時。どの店でも結局業務量と人手が合っていないんです」
横田氏をワクワクさせたのは毎週本部から各店に届く〈部長会議ニュース〉だ。彼は柳井社長直々の檄や問題意識が具体的に読めるこのリリースと新聞報道を照合し、その一方で店内では商品の〈袋むき〉〈売変〉作業に忙殺された。ユニクロでは商品を工場から買い切るSPA戦略をとっており、度重なる売価変更や商品の畳み直しは現場にとって大きな負担だった。
「僕は会社の歴史や業績に店長より詳しいし、〈会社が倒産してしまう〉と現場を脅してまで経費を削らせる姿勢にはとにかく驚いた。誰も財務諸表を読んでないから怯えるだけで、内部留保が3400億円もある会社は絶対潰れへんって何度言ってあげたかったか」

数字さえ守れればいいという生産性

一人一人に〈経営者マインド〉を求め、それでいてボトムアップは一切受け付けない、超トップダウン体制を象徴する逸話がある。ビックロで、免税レジの看板が日本語表記しかなく、外国人客が何度も列に並び直していることに気づいた横田氏は、案内文の英訳まで添えて改革を提案。が、本部に指示されないことは一切しない店長らはこれを放置し、客側の不便は結局解消されないままだった。
「あとは当時、『この品のメンズはないか』とよく聞かれた商品があったんですが、そのメンズ商品が今年やっと出たりね。ファストファッションでもZARAでは現場の声をスペイン本社が吸い上げ、店に並ぶまで2週間ですよ。それがユニクロは2年かかる。生産性を謳うわりに、需要を本部に上げる効率が悪い!
要するに柳井さんの言う生産性とは、人件費の対売上比率10%前後という数字さえ守れればいいんですね。でも人件費には心も付随し、商品の値下げと同じ感覚で下げるとヤル気まで削がれるという経営の初歩が、完全に抜け落ちている。
確かにトップの声が浸透する速度は随一だし、彼を教祖と崇め、何も考えずに働きたい人はハマると思う。でも人は普通、物を考えますからね。信者だけが救われる宗教じみたトップダウンなんて、僕は御免です」
彼の怒りはカンボジアの生産工場を取材するに至って、ついに沸点を超える。
「例えばある下請けの工員は雨露凌ぐのもやっとの家に住み、しかも組合に参加したことでその工場もクビになった。中国も酷かったけど、より安い人件費を求めて移った先はさらに酷く、かといって消費者の良心に期待するのも限界があると思うんです。ただその服や価格がどんな人々の働きに支えられているかを知るだけでも、ものの見え方は全然違うはず。読む前と後で景色が変わるのが、僕の思うイイ本、、、なんです」
個人的には店長が店員に勤務時間の延長を頼む際に使う、〈延びれる?〉という社内用語、、、、が、悲しかった。
「それを〈ストレッチ〉と言い替えるのがまたお寒くてね。社内の英語公用化も検討されたわりに文化自体貧しく、そんな職場で何も考えずに働かされる人間が大勢いるのは、誰にとってもいいはずありません」
働き方改革なるコピーが独り歩きする今、横田氏の意図は、日本人の衣食住や、それを支える世界中の人々の存在を可視化することにこそある。それが1冊の本にできる唯一の可能性だと信じて。

□●構成/橋本紀子
●撮影/田中麻以

(週刊ポスト 2017年12.8号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/06/26)

下村敦史さん 『黙過』
【知ることから始めよう】LGBTQを描いた小説7選