師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第54回> 『ふたりの彼に対して、罪悪感でいっぱいです』
この夏、巷ではタピオカミルクティーが大流行。今もなお、続々と新店がオープンしている。皆さんはタピオカドリンクを楽しんでいるのだろうか? そんな流行を横目に一之輔師匠の一人娘は、タピオカに一家言あるようでして……
キッチンミノル(以後、キ):師匠は、タピオカミルクティーは飲んだことありますか?
一之輔師匠(以後、師):あるよ。一杯でスッゲー腹がふくれるやつでしょ。
キ:そうそう。
師:だけど、うちの娘はタピオカには厳しい。
キ:厳しい?
師:「並んでいる人の気が知れない」って。そういう風潮が嫌いなんだって。「流行っているんだから並んでおこう!」っていう風潮が。
キ:あはは。それは厳しい。
師:「ポッと出のくせに、周りからワーワー言われて可愛がられているのが許せない!」んだって。
キ:飲んだことはあるのかな?
師:それはないらしい。
キ:美味しいのに……
師:飲む?…って訊いたら「いらない!」って。並ぶのが嫌みたい。「タピオカに並ぶバカども!」って言ってた。
キ:え〜と…“バカども”まで言われた後に、ちょっと紹介しづらいのですが、読者の方からタピオカについてこんな質問がきていました。
「巷ではタピオカが流行っていてタピオカのお店がたくさん増えています。そんなブームになんてのるまいぞ、と思っていたのに、まんまとハマってしまったひとりです。とにかく腹持ちがいいので食いしん坊には助かります。ただ、何度かいただくうちに気になったことがありました。最後にコップの底に残ってしまうタピオカがうまくストローで吸いきれないのです。どうしても残ってしまいます。師匠だったらどうなさいますか。よろしくお願いいたします。 ケセラセラ/33歳」
師:そんなの蓋を開けて飲めばいいじゃん。バカなんじゃないの?
キ:こらこら。親と娘で“バカ”呼ばわりするなんて!
師:頭がおかしくなっちゃってんだよ。タピオカが脳みそで膨張して詰まっているんだよ。
キ:詰まりません! ……だけど質問してくる前にまずは自分で…
師:考えろ!
キ:はい。
師:……だけど、じつは「タピオカの最後の一粒は残せ」みたいな作法があったりしてな。別にしなくてもいいんだけど、その道を知っている人から見ると、全部飲むのはとても恥ずかしいことをしている…みたいな。
キ:タピオカ道!
師:……ところでタピオカって原価は安いんでしょ?
キ:編集の高成さん(以後、タ):一杯につき40~50円と言われていますね。原価率は約1割。だからそのスジの人たちまで参入しているという噂も。
キ:エエーッ!?
師:シノギだよ、シノギ。
タ:内装が素っ気なくてもむしろアジアっぽい雰囲気ですしね。お湯さえ沸かせればいいので出店費用もそんなにかからないし、ブームが終わればサッサと撤退できるし。
師:…っていうことを【週刊ポスト】で鈴木智彦さんが書いてたよ。
【編集部注】鈴木智彦…裏社会の話題にめっぽう強いフォト・ジャーナリスト。元【実話時代BULL】編集長。
キ:『サカナとヤクザ』の!
【編集部注】サカナとヤクザ…『サカナとヤクザ ~暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う~』。取材に5年を費やしたルポルタージュ。小学館より’18年に刊行。
タ:もちろん本気でタピオカドリンクのクオリティーを究めようと努める、良心的な店のほうが多いでしょうけれど。
師:……そうそう、サービスでタピオカを無料で倍にしますよってのがあるだろ?
キ:ありますね。
師:あれをやると、逆に店が儲かるんだよ。
キ:え、ええ〜っ!?
師:タピオカより紅茶のほうが、原価が高いから…
キ:タピオカをいっぱい入れれば、そのぶん紅茶が少なくて済むってこと!?
師:そういうこと。
キ:サービスじゃなかったんだ!?
師:……だからうちの娘は正しいことを言っている。
キ:「タピオカに並ぶバカども!」
師:一刀両断。今年9歳。
キ:……だけど…そうは言っても…美味しいですよね。
師:……まあね。
2人への、罪悪感で一杯です! 2人はこのことを知りません。どうしたら良いかわからなすぎて相談できそうな身近な友人もいません!今度東京に行くのですが彼(大学)に合わせる顔がありません。2人をくらべたら(失礼ですが)好きなのは彼のほうです。どうしたらいいでしょうか自分が悪いのだから2人とも別れるべきかもしれませんが、、、泣きそうです。
(HNなし/女性/20代/兵庫県)
師:……なんだそれ? 単にケアレスミスでしょ。
キ:そうですね。共通の友達が、彼氏(以後、東京の彼)が浮気しているよって言ったのを鵜呑みにしてしまった。
師:どうして付き合っていた東京の彼に、直接確認しなかったんだよ。
キ:確認すれば、そこでわかることですもんね。
師:そうだ。
キ:だけど、匿名さんは確認せずに、タイミングよく告白してきた地元の会社の先輩と付き合ってしまった。それからしばらくして東京の彼は浮気していなかったことが発覚……
師:完全に匿名の落ち度だ! 自分も多少は浮気したいって欲求があったんじゃないの? 寂しがり屋なのかな?
キ:それはあるかもしれませんね。それに匿名さんはモテるんだと思うんです。
師:会社に入ってすぐに告白されてるからな…そうだろうな。それで「どうしたらいいんですか」って? めちゃくちゃだよ!
キ:はい。めちゃくちゃです。本人もそれはわかっているから悩んでいるんだと思います。だけど遠距離恋愛なんだから、そのまま続けてもバレないんじゃないんですかね?
師:確かにな。それならもう一人付き合っちゃえば?
キ:さらにもう一人!? もっとめちゃくちゃに?
師:そう。余計にめちゃくちゃになるけど、もしこれができたら「二股で泣きそう」とか思わなくなるからね。
キ:あはは、なるほど。……でも、自分のことを棚に上げて言えば、匿名希望さんみたいな人は今後も同じようなケアレスミスをしますよね。きっと。
師:するだろうね。
キ:だから、もしここに彼氏たちがいたとしたら、私は匿名さんに聞こえないように「この女はやめておいたほうがいいよ」って教えてあげると思います。
師:このケアレスミスの仕方は、恋愛だけの話じゃないからね。仕事でも起こり得るでしょ。
キ:起こると思います。
師:もし仕事でこんなことしたら、取り返しがきかないぞ。
キ:匿名さんだけの問題ではなくなりますからね。
師:ということはもう、けじめとして二人を呼んで説明して、二人とも別れた方がいい。
キ:両方とも!?
師:そう。それで自分の心に刻むべき。匿名の大きな人生の分岐点として。
キ:あなたは、それほどのことをしている…と。
師:している。ちゃんと心に刻む必要がある。戦場だったとしたら最悪の大将だよ。インパール作戦の牟田口みたいなもんだからね。もっと言えば、勘違いで核のボタンを押しちゃったみたいなことだから。泣いて済むならまだいいけど。あなたのケアレスミスで歴史が変わってしまうこともあるんだから。
【編集部注】牟田口…昭和初期の陸軍軍人・牟田口廉也。1944年、イギリス領インド帝国インパールを攻略する作戦で補給無視の無謀な用兵により、参加将兵10万のうち半数を失ったと言われる。
キ:大きな話になってきましたね。ケアレスミスで歴史が変わったといえば、ベルリンの壁崩壊もそうでしたよね。
タ:東ベルリンの新任報道官の言い間違いがきっかけになりました。
キ:おっちょこちょいが世界を変えた、最高のエピソードです。
【編集部注】…面白い話なのですけれどここに書くには長いので、各々で調べてください。
師:つまり、ケアレスミスが世界を変えてしまうような力を持っていることを、匿名はわかってないんだよ。
キ:わかってませんか……
師:わかってない。なんなんだよ、「泣きそう」って!
タ:ああそうか、匿名さんはまだ泣いてないんですね。
師:まずは泣け!…って話だよ。
キ:そういえば、自分が傷ついたときにはちゃんと泣いているわけですからね。でも自分が同じようなことを相手にやったときには、泣きそうだけど泣かない……
師:相手への想像力が足りないんだよ。……でもまぁ、そうはいっても匿名はまだ若い! なんでも経験。今回の失敗をこれからの人生に活かしていかなきゃもったいないよ。だから、もう二度と同じような失敗がないようにしたいよね。
キ:そうですね。
師:今回の問題の原因は、友達の言葉を信じきって周りが見えなくなってしまったこと。
キ:はい。
師:そして、何も調べずにすぐに次の行動に移ってしまったこと。匿名は感情に流されすぎなんだよ。
キ:本当に。
師:例えばフラれた余韻を楽しむというか、悲しみに暮れるじゃないけど。ずーっと泣いていると、“涙ハイ”みたいになることあるじゃない。いくときはそこまでいかないと。
キ:泣いて泣いて泣きすぎてテンションが上がっちゃって、泣くこと自体が気持ちよくなるところまで?
師:そう。「涙の数だけ強くなれる」と先人は言ったじゃないか。
キ:はぁ。
タ:ああ、舗装路に花が咲いちゃう歌ですね。
キ:先人……?
師:ミッドナイト岡本だよ!
キ:真夜中の岡本? ……ああ、はいはい! 「♪~………」
【編集部注】…このあと師匠とキッチンさんで合唱が始まりましたが諸事情により割愛します。お察しください。
キ:え〜と、匿名さんは一応、フラれたときには泣いているみたいですが…
師:泣き足りなかったネ。楽しくなるくらいまで泣いちゃったほうが良かった。1か月くらい泣き続けたらよかった。そうしたら、あの情報は間違いだったって気がついたと思う。
キ:時間を置くことによって冷静になりますからね。
師:それなのに“すべてに怯え”て、先輩になびいてしまったというわけなんだから。
キ:“君のため”の“明日が来る”前に…
師:そう。
キ:それでは今後、匿名さんはどうしたらいいでしょうか?
師:匿名の現在を喩えるなら、注文したタピオカミルクティーのタピオカを、ズボズボズボズボとミルクティーがあるうちに全部飲み干そうと必死なの。
キ:はぁ…
師:それなのに飲みながら、次は何を飲もうかな…なんて考えているわけだ。
キ:まだ手元にはタピオカの粒が残っているのに…すでに次のことに目移りしてしまって焦っているってこと?
師:それじゃダメ! そんなに慌てずにだな、ゆっくり飲んで、しかも手元にタピオカを3粒残すくらいの余裕がないと。
キ:さ、3粒ですか??
師:そうさ。オレなんか3粒くらい残して、そこに新たに牛乳を注ぐくらいするぞ。
キ:牛乳を注ぐ!!
師:インスタ映えがどうとか、最後まで飲みきらなきゃとか、そういうんじゃないんだよ。
キ:はい。
師:もっと余韻を楽しみながらタピってほしいよ。いまの匿名にはそれくらいの心の余裕が欲しい。
キ:残った3粒に牛乳を注ぐくらいの余裕を…
師:そう。飲みきるまえに3粒残して、ゆっくり立ち止まって考える……自分の人生に、がっつく必要なし!
(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。
プロフィール
撮影/川上絆次
(左)春風亭一之輔:落語家
『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。
(右)キッチンミノル:写真家
『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。
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初出:P+D MAGAZINE(2019/09/21)