師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第59回> 『ずーーーーーーーーーっと話し続ける同僚がいます』

平成と令和をまたいだ激動の2019年も、師走を迎えいよいよクライマックス。例年どおりあいかわらず年初からずっとお忙しそうだった一之輔師匠も、さすがにお疲れの様子……今年も残り1か月、果たしてこのまま乗り切れるのだろうか?

 

一之輔師匠(以後、師):……あのさ、オレは今、機嫌が悪いからね。

キッチンミノル(以後、キ):いきなり宣言されても困るんですけど……どうして機嫌が悪いんでしょうか?

師:朝からみっちり仕事。……もう疲れ切ってんだよ。

キ:はぁ。あの…毎回確認していることなんですが……このお悩み相談も仕事なので……仕事の最中は、そう思っていても黙っているものですよ、大人なら。

師:うるせーよ!

キ:ちなみに今日はどんなお仕事をしてきたんですか?

師:朝から後輩に稽古をつけて……午後は音声ガイドの収録と取材に高座……

キ:音声ガイド!? 何をやるんですか?

師:「大浮世絵展」っていうのが今度あってさ。それの。
【編集部注】大浮世絵展…現在、江戸・東京博物館で大好評開催中。喜多川歌麿・東洲斎写楽・葛飾北斎・歌川広重・歌川国芳という人気絵師5人の傑作を一気に紹介! 我らが師による音声ガイドの貸出は税込600円です。なお東京は来年1/19まで。その後は福岡市美術館(1/28~3/22)、愛知県美術館(4/3~5/31)と巡回されます。

キ:すごいですね。

師:だけど、録音のために4時間とっていたんだけど、2時間で終わっちゃった。へへへ。

キ:あ゛〜〜……疲れていたから手を抜いたんですね!

師:失礼なっ!

キ:でも4時間の予定が2時間って…

師:NGが全然出なかったんだよ。

キ:大丈夫なんですか、その音声ガイド。ちなみにどんな内容なんですか?

師:落語みたいに、その絵の登場人物にオレがなりきって、いろいろ話をしているっていう設定でさ。

キ:師匠〜、面白そうじゃないですか~~!

師:面白いんだよッ!!

キ:……

師:そうそう。やっぱりかみさんには「マグロマグネット」は不評だったぞ。

編集の高成さん(以後、タ):マグロ…ネット?

キ:はい。この前マグロの流通の絵本を出したんですが、勢いあまってそこに使われている写真をマグネットにしたんですよ。その名も「マグロマグネット」!
【編集部注】マグロの流通の絵本…月刊「かがくのとも」12月号として出された『マグロリレー』(キッチンミノルさく/福音館書店)。マグロが水揚げされてから食卓に上がるまでの流れを、ずっと追いかけた写真絵本です。

タ:はぁ……

キ:気に入ってもらえると思ったんだけどなぁ。

師:そもそも新しい冷蔵庫には、マグネットがつかなかった。

キ:冷蔵庫にマグネットがつかない!? そんなのあります??

師:知らねーけど、つかないもんはしょうがねーだろ。

タ:うちの冷蔵庫もそうですよ。

キ:欠陥品ですよ、そんな冷蔵庫は!
【編集部注】…扉が強化ガラス製の冷蔵庫にはマグネットがつきません。デザイン面のほか、「傷がつきにくい」「汚れを落としやすい」というメリットがあります。また大家族向け大容量冷蔵庫の場合は、強化ガラス扉のほうが主流です。

師:おしゃれなんだよ。それが。

キ:それじゃ、おかみさんに不評というよりは、マグネットが冷蔵庫につかなくて残念だったってことですね、

師:なんでだよ。かみさんがマグネットを見てすぐに「なにこれ?」って言ってたんだよ。

キ:だから「マグロマグネット」!! マグロの写真のマグネットですよ。

師:そういうことじゃないの。オレも同じ説明したよ。

キ:うん。それで?

師:「マグロ? ハァ〜?」だって。

キ:ううぅぅ〜…

※あいかわらず面白そうなお仕事に励むおふたりですが、「面白い」といえば、一之輔師匠が2014年「一夜」から2018年「五夜」まで毎年続けた連日ネタ下ろしの独演会。その全15日分全45席の映像が発売されますよ! 『DVD BOOK春風亭一之輔 十五夜』(小学館刊)は12/16いよいよ登場!

 

師に問う:
派遣社員として今の会社で働き出して5ヶ月が経ちました。
私のチームは男性4人、女性は私のみの構成です。男性が多いことは全く気にしていません。しかし、その中の1人が猛烈におしゃべりで、まるで話していないと呼吸ができないかのようなレベルでずーーーーっと1日中話し続けています。しかもボリュームが大きい。黙っている時間は1分も続きません。
その人が不在の時は必要最低限の会話しかないほど寡黙なチームなので、集中して作業に取り組むことが出来て好環境です。
しかし、その人がいるときは、とにかく話し続けているのです。おまけに口が軽く、噂話が大好き。「ここだけの話なんだけど」や「今聞いたんだけど」などのフレーズを聞かない日がありません。なんなら他部署に出向いて、噂話を仕入れに行くほど。
あまりにうるさいので「今日はいつにも増して元気ですね。何か拾い食いでもしましたか?」「情報通ですね。まるで社内のミヤネ屋みたい!」など嫌味を言っても全く通じず、かえって喜ばせる結果に。また、本当に集中しているときや話す余裕がないときは、あえて聞こえないふりをして無視をするのですが、「あなたは耳が遠い」とか「聞こえてないときあるよね」などと言われる始末。
しかも、来月から新入社員が入るため、私のデスクがそのおしゃべり野郎の隣になります。今はパソコンを挟んで斜め向かいですが、それでも耐えられないほどのうるささなのに、これからは無視もできない距離になってしまいます。
目に入るもの、耳にするもの、全てを口に出すそんな人をどう対処したらよいでしょうか。助けてください。
(あすなろ/女性/30歳/東京)

 
 

師:……途中から「野郎」呼ばわりになっちゃったね。

キ:嫌味が通じないのはキツいですね。

師:そうね。

キ:しゃべろうとしたらお菓子をあげるっていうのはどうですか?

師:「あの〜…」って来たら「ほら!」って?

キ:そうそう。「あっ、うん。ムシャムシャ」みたいな。喉の渇きそうなボソボソのクッキーとかを。

師:しばらくして、ボソボソのクッキーを飲み込んでまたしゃべろうとしたら…

キ:「もう1枚どうぞ!」って。

師:「ありがとう。ムシャムシャ」ってか?

キ:はい。

師:それじゃ動物の調教だよ!

キ:で、ですね。

師:それよりも噂話が好きなんだったら…

キ:はい。

師:自分の諜報員に仕立ててしまったら?

キ:諜報員?

師:そう。「〇〇さん、こういう噂が流れてきているんですが、真相を調べてきてほしいんです」って。「絶対に他言無用で」とか言いながら。

キ:確かに! 噂話を仕入れてくる情報網は整っているみたいですからね。

師:うまくコイツを手なずけてさ、向こうが関係ない話をしてきたら「あの件はどうなっていますか?」って。

キ:おしゃべり野郎さんが、好き勝手にしゃべっていた立場から、調査報告をやらされる立場に、いつのまにか…

師:変わっている。

キ:悪い人ですね…

師:あすなろは、この会社で暗躍できるチャンスかもしれないぞ。

キ:でも、こういうのって口が堅い人じゃないと…

師:信用できないよな。

キ:はい。

師:コイツじゃ無理か。

キ:だと思います。

師:それにしても、こういうよくしゃべる人ってどこにでもいるよね……()が怖いのかなぁ?

キ:噺家さんにも?

師:いるいる。

キ:楽屋でも、ずーっとしゃべっている?

師:そう。だけどこういう人は、ふたりっきりになると静かだったりする。

キ:へぇ~、どうしてですかね?

師:理由はわからない。でもこういう人が黙っている状況のほうが怖いよね。すごい闇が心の奥に広がっているかもしれない。

キ:まぁ、闇が広がっているかどうかはわからないですが、この人を完全に黙らせてしまうのはつまらないなぁと思うんです。

師:そうだね。ただ単に黙らせるのは簡単だよ。上司に言いつければいいんだから。でもそれじゃね。それに、職場におしゃべりな人っていうのは、ひとりぐらいいたほうがいいんだよ。

キ:そうですよね。それでみんながハッピーになる状況がいいですよね。

師:そうね。いっそのこと「サイコロトーク」にしちゃえば?

キ:テーマを与えてそれについて話すってことですか? 「ごきげんよう」みたいに?
【編集部注】ごきげんよう…フジテレビ系で1991年1月~2016年3月まで放映されたバラエティー番組。正式名は『ライオンのごきげんよう』と、スポンサー名がつきます。……あれをまねたサイコロ、現在でもパーティーグッズとして人気だそうですよ。

師:そう。

キ:この人が近づいてきて、何かしゃべろうとしたら…

師:「ちょっとコレ振ってください!」
「えっ? なになに!?」
「いいからコレを振ってくださいッ!!」

キ:強制的に!?

師:時間も区切ってさ。「1分以内でどうぞ!」ってな感じで。砂時計をひっくり返して。

キ:「サイコロトーク」やるかなぁ〜?

師:やらせるんだよ! かなりゴリゴリくるタイプみたいだから、こういう人は、こっちからも少しぐらいゴリゴリいっても大丈夫。

キ:……なるほど。

師:コイツの話はつまらないんでしょ?

キ:いきなり決めつけるのもどうかと思いますが……まぁ、ここに相談してきているってことはそうだと思います。

師:だから強制的にでも、コイツのスキルが上がるようにもっていかなきゃいけないんだよ。

キ:なるほど。そのためのサイコロなんですね。

師:そう。コイツの話が面白くなれば、最低から最高に変わるんだから!

キ:まぁ、仕事がはかどらない点は変わらないんですけど……

師:要は、量から質にシフトさせていけばいいわけよ。いきなりサイコロは大変かもしれないから、おしゃべり野郎の話が終わった途端に、部内全員で冷静に点数をつけるとかね。

キ:おしゃべり野郎さんの話した内容に?

師:そう。こいつがあすなろに話しかけている間は、他の社員はみんなパソコンに向かっているんだけど、話のオチが決まったところで一斉に点数の札を上げてもらうの。

キ:点数の札を? いきなり!?

師:ちゃんと用意しておいてさ。話が終わった途端にサッとあげる。おしゃべり野郎は「え、なに…どうしたの!?」ってなるだろうけど、そこはあすなろが冷静に「今回から話の面白さに点数をつけさせていただくようにしました」って。

キ:おしゃべり野郎さんもビビるだろうけど、他の人も話を聞いていないといけないから負担が…

師:最初はしょうがないだろ!

キ:そ、そうですかね……

師:「〇〇さんのおしゃべりの量はもう十分なので、これからは質を上げてもらおうと思っていますので」って。

キ:厳しい~ッ!

師:「3点、2点、4点、そして私の点数は2点。合計は…」

キ:11点!

師:残念! 不合格!!

キ:各自持ち点5点だから満点は20点。15点は超えたいですよね。

師:そうね。新人が入ったら合計25点。

キ:新人もいきなり先輩を評価しろって言われてもできないだろうなぁ……

師:だけど、その新入社員が輪をかけておしゃべりだったりしてな。

キ:それは困る! ……だけど、採点するために毎回、最後まで話を聞かなくちゃならないのは正直きついです。もっと即効性のある解決方法はありませんか?

師:それなら、とっておきの一之輔的解決方法を伝授しましょう!

キ:おお〜ッ! ぜひぜひ!

師:無言でチーン! チンチーン!」作戦。

キ:ん? チーン??

師:そう。無言でね。

キ:無言で? はぁ…

師:喫茶店の会計のところに、時々「チーン!」と鳴らす呼び鈴があるじゃない。

キ:ありますね。銀のドーム型で上の部分にボタンがあって、押すと「チーン!」となるヤツ?

師:そうそう。

キ:それを使う……どうやって?

師:ある日突然、おしゃべり野郎がしゃべり始めたとするだろ。

キ:はい。

師:ある程度まで聞いてさ、「この話は面白くないな」と途中で思うこともあるだろ?

キ:あるでしょうね。

師:はい、その瞬間に「チーン!」って。

キ:え? なになに?

師:「チーン!」

キ:どうしたんですか?

師:「チーン! チンチーン!!」

キ:なにが起きてるんですか!?

師:「チーン! チーン! チーーン!」

キ:しゃべってくれないんだ。

師:「チーン!」

キ:強制終了?

師:「チーン!」

キ:キツイなぁ〜。

師:だけど話が面白ければ…

キ:「チーン!」はなし?

師:うん。こいつは根っからのおしゃべりだから、だんだんわかってくると思うんだ。この部内ではこういう話がウケるぞ…ってね。

キ:なるほど。そうなれば、今までは自分の話したかった内容ばかりだったのが…

師:部内の興味があることに関して話すようになるだろ?

キ:そうですね。

師:相手が今どんなことに興味があるのかを想像しながら話す。これってすごく大事。

キ:なるほど。

師:それに、聞く人たちの状況も「チーン!」には反映されるからね。

キ:話を聞く余裕のある状況とそうでない状況とでは、「チーン!」が鳴るまでの時間や鳴らし方に差が出るってことですね。話が面白いから鳴らないわけじゃなく、どうやらみんな聞いてなさそうだぞ…と。

師:そう。

キ:なるほど、おしゃべり野郎さんも「チーン!」が鳴るたびに、部内の状況について自然と気がつくようになる!

師:今は話すべき時ではない…と!

キ:とっておきの話であればあるほど、最大の効果を出すタイミングを…

師:待つようになる。

キ:かなりスパルタですが。

師:愛だよ。だけどイジメになってはダメだから。それはダサい。まだ一言二言しか発してないのに「チーン!」するのはダメ。

キ:ちゃんと話を聞いて、それでも面白くないなって思った瞬間に…

師:「チーン! チンチーン!!」

 

師いわく:
無言でチーン

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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プロフィール

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撮影/川上絆次

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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