辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第3回「黒塗りの初校ゲラ」

辻堂ホームズ子育て事件簿
1歳3ヶ月。驚くべき速さで
発達していく子どもを育てながら、
執筆するコツとは…?

 娘が生まれてからの私の一日のスケジュールは、このように、とても細切れだ。目まぐるしく、慌ただしい。

 とはいえ、不思議と、精神的に苦痛にはならない。案外、娘と戯れている「息抜き」の時間に、満足のいく描写や比喩、もしくはミステリーの論理展開が不意に浮かぶことも多いのだ。悩んでいたあの描写はこう変えればいいんじゃないかとベビーカーを押しながらはっとしたり、こういう説明の仕方なら読者を混乱させずに済むのではないかと、お風呂で娘の身体を洗っている最中にピンときたり。

 文章といったん距離を置くことで、いったん気持ちがリセットされ、思いもよらないインスピレーションが生まれるというのは、子育てと執筆の両立を経験しないと気づくことができなかった、大きなメリットだ。

 誰にも邪魔をされずに何時間もぶっ続けで文章を書き続けるのも、それはそれで満足感がある。けれど、私の場合は、娘に強制的にこまめに休憩を取らされることで、逆に今書いている小説とじっくり、丁寧に向き合うことができているように思う。

 今のところ、支障はない。むしろこの「短時間積み上げ型」の執筆方法で集中力を保っているのだと、ポジティブに捉えられている。日々成長する娘と長く一緒にいられるのも嬉しいし、こういう柔軟な働き方を選択できるのはつくづく恵まれていると感じる。

 ただ、悩むことは多々ある。なぜなら、これはあくまで「娘を見ながら仕事をする私」視点の話であって、「仕事をしている母と過ごす娘」はきちんと充足感を得られているのかどうか、分からないからだ。私が普段やってあげていることは、果たして十分なのだろうか? 本当はもっと、積極的に構ってあげなくてはいけないのでは……?

 おっ、最近歩き始めたばかりの娘が、よちよちと寄ってきた。どうやらおむつが気持ち悪いようだ。そういえばさっき、四つん這いの体勢で踏ん張っていたっけ。

 というわけで、この続きは、また次回。 

(つづく)


*辻堂ゆめの本*
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。

マイケル・サンデル 著、鬼澤 忍 訳『実力も運のうち 能力主義は正義か?』/「努力と才能があれば何にでもなれる」は本当に正しいか
【著者インタビュー】千早茜『ひきなみ』/女性同士の距離感のある友情を描いてみたかった