【携帯電話を使いこなす森鴎外、メイドカフェに通う太宰治……?】もしも現代に偉人が転生したら。

近年、ライトノベルを中心に人気を集めるジャンル、「異世界転生」。一部の作品では、誰もが知るあの偉人が現代にやってくる……、という展開も見られます。そんな偉人が現代にやってきた、「偉人転生小説」を紹介します。

数年前より、ライトノベルや小説投稿サイトを中心に大きな注目を集めている「異世界転生」。これは、主人公が不慮の事故によって命を落とすも、生まれ変わった異世界で人生をやり直す……、といった展開が定番のジャンルを指しています。

ブームの白熱とともに、「異世界転生」作品のバリエーションは年々豊かになってきました。もともと「優れた能力を使って最強の存在となり、ハーレム状態となる」のが定番でしたが、バリエーションが増えた背景には、日々生み出される「異世界転生」作品の中で埋没しないよう、「現状のままのスキルで敵と渡り合う」、「戦いを好まないため、料理人や農家として穏やかな生活を送る」、「優れた能力を理由に仲間から虐げられ、復讐を誓う」など、創意工夫が求められたのです。

そんな「異世界転生」に似たジャンルとして、「異世界転移」というものがあります。登場人物がひょんなことから異世界に転移してしまうこのジャンルは、『不思議の国のアリス』や『ナルニア国物語』、『ピーターパン』など、子どもを対象にした作品にも多く見られる展開です。

「異世界転移」で描かれるのは、決して「凡人が日常とかけ離れた異世界に迷い込んでしまうもの」とは限りません。文明が大きく異なる現代に、歴史上の人物がやってくる作品もまた、「異世界転移」と言えます。

今回は、誰もがよく知る歴史上の人物が現代にやってくる「異世界転移」作品を紹介します。果たして、あの偉人は現代をどう受け入れるのでしょうか。

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JKと渋谷を奔走。携帯電話とパソコンを使いこなす森鴎外の適応能力がスゴイ!

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日本文学史における偉大な文豪のひとり、森鴎外。森鴎外がひょんなことからタイムスリップする『タイムスリップ森鴎外』(鯨統一郎・著)

大正11年のある日、何者かに崖から突き落とされた鴎外が目を覚ますと、そこは2002年の渋谷でした。

道玄坂で若者に暴行された鴎外を助けたのは、正義感の強い女子高生、うらら。鴎外はうららとその友人たちの協力を受け、元の時代に戻る方法を探すうち、日本文学史上の謎に行き着きます。

森鴎外といえば、封建社会の矛盾を説いた『阿部一族』や安楽死の是非を問いかけた『高瀬舟』、留学先での経験をもとにした『舞姫』など、重厚で格調高い作品を多く執筆した文豪というイメージが強いのではないでしょうか。しかし、うららたちに森林太郎という本名から「モリリン」と呼ばれ、戸惑いながらも現代の日本に少しずつ順応しようとする姿はユニークです。

(たしかマクドナルドとかいう簡易食堂があったはずだ)
林太郎は記憶を頼りに坂を上り始める。マクドナルドはすぐに見つかった。
(こんな朝早くから店が開いているとはありがたい)
林太郎は朝マックすることにした。
「いらっしゃいませ」
若い女性がにこやかな顔と声で話しかけてくる。
「こちらでお召し上がりですか?」
こんな注文窓口で食べられるわけがない。
「いや。二階の席でたべたいのだが」
「はあ?」

『タイムスリップ森鴎外』より

鴎外にとって、よく知る夏目漱石が描かれた紙幣を使い、24時間営業をしている店が当たり前のように存在する現代はまさに異世界。当初はなかなか受け入れられなかった鴎外でしたが、インターネットやテレビなど目新しいものを使いこなそうと努力したり、命を脅かす追っ手を欺くために変装をするうちに少しずつ考え方をあらためます。

林太郎は短い髪をツンツンに立てられて、金髪に染められた。美容院を出ると丸井という月賦販売百貨店に連れて行かれて、アルマーニのスーツと靴、レイバンのサングラスを購入した。
林太郎は丸井のスーツ売場の鏡で自分の姿を見た。とても自分とは思えない。
(まるでハリウッドのSF映画の登場人物のようだ)
林太郎はテレビの洋画劇場で見た『ターミネーター』や『マトリックス』といった映画を思い浮かべた。

『タイムスリップ森鴎外』より

さらにはラップバトルに参戦したり、鴎外の命を狙う犯人の手がかりを集めようとホームページを立ち上げる様子からは、これまでの“森鴎外”のイメージが一新されるでしょう。

作家はいつの時代も、最先端の文化に積極的に触れ、創作に活かせないか試行錯誤をする職業。『タイムスリップ森鴎外』で描かれる鴎外もまた、そんな作家として驚きばかりの異世界で、創作に挑んでいくのです。

 

偉人の転生作品の先駆け?陰謀渦巻く大スペクタクル作品。

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戦後日本を代表する娯楽小説家、山田風太郎。その代表作『魔界転生』は、魔人として蘇った名だたる剣豪たちに柳生十兵衛が立ち向かう伝奇小説です。

物語は、幕府を打ち倒し、天下を我が物としようと企てる由井正雪と徳川頼宣が、怪しげな妖術師、森宗意軒もり そういけんと手を組んだことから幕を開けます。森は生前と同じ姿のまま転生させる忍法“魔界転生”を自在に操り、天草四郎、柳生宗矩やぎゅうむねのり、宮本武蔵といった偉人たちを次々とよみがえらせていきます。しかし、その転生にはある条件がありました。

「正雪。……これは男なら、誰にも成ることか?」
「いや、それは成りませぬ」
「誰にも成らぬと?」
「左様、まずだいいちに、かかる再生をなすことのできるだけの比類なき体力の所有者でなければなりませぬ。次に、是が非でも再生したいという強烈無比の意志を持たねばなりませぬ」
「もういちど生まれ変わりたいという欲なら、この世に生を受けた者なら、誰でも持っておろうが」
「それが、かいなでの欲では叶わぬのでござる。人間、ふだんは不足不満をのべたて、愚痴溜息を吐きちらしておるようでござるが、これで存外死するにあたって、ほぼ大過なき人生であったと諦観ていかんしたり、或いは、この業苦にみちた命の終わるのをかえってよろこびとしたり、いやいや大半の人間は、ただただ気力も体力も喪失し、うつろな眼を見ひらいて死んでゆくばかりです。ましてや、いま申したような気力体力絶倫の人は、当然満足すべき生を送ってきたものでござれば−–」

『魔界転生』より

田宮坊太郎が転生する様子を見た柳生如雲斎は、「いとも簡単に死者を転生できるのであれば、その対象は誰でも良いのではないか」と由井に投げかけますが、その対象となるのは生前に強い後悔や恨みを抱き、なおかつ生へ恐ろしいまでの執着心を持つ人物のみでした。忍法によって転生させられた剣豪たちは、殺戮を繰り返す残忍な人物へと変わり果ててしまいます。

それぞれのキャラクターが能力や特徴を駆使して戦う「異能力バトル作品」は今でこそポピュラーなジャンルとなりましたが、『魔界転生』はおよそ50年も前にその礎を築いた作品とも言えます。

そして『魔界転生』は後世にも多大な影響を及ぼしており、荒山徹あらやまとおるは幕末志士が明治政府に襲いかかるストーリーとクトゥルフ神話を融合させた作品『大東亜忍法帖』を執筆しています。

「あの偉人が蘇ったら、こんなにも強いのではないか」という「もしも」が、数多くの剣豪を題材としてひとつの大スペクタクル作品となった、『魔界転生』。強者たちに立ち向かう柳生十兵衛の姿に、読者は熱狂するでしょう。

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太宰治、まさかの転生。キャラクター化する自分をどう見る?

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玉川上水で入水自殺をしたはずが、気づけば現代の三鷹にずぶ濡れの状態で立っていた……ひょんなことから現代へ転移してしまった太宰治の姿を描いた佐藤友哉の『転生!太宰治 転生して、すみません』

自分の身に起きた出来事に驚き、倒れた太宰を助けたのはどこか儚げな雰囲気を持つ女性、夏子とその妹、乃々夏ののかでした。太宰と夏子は出会って間もなく、お互いの「人生に疲れ切っていた」点を見抜き、あろうことか井の頭公園の池へともに身を投げます。結果的にふたりは命に別状はない状態で発見され、太宰は否応無しに現代日本で生きていくことを受け入れることとなります。

やがて、カプセルホテルを拠点とし、あてもなく吉祥寺をさまよっていた太宰は、書店に自身の著書がコーナー展開されている様を目撃します。

「だ、太宰治という作家なのですが、もしかして、有名なのですか?いえね、そんなことないとは思いますが、きざな顔をしていやがるし、どうせ、ろくなものを書いていないと……」
「太宰治は有名ですよ」
「有名!」
「教科書にも載っていますし」
「教科書!」
「今もたいへん売れていますし」
「売れている!」
「本を読む方にも、そうでない方にも、太宰治という名前は、強烈ですからね。ぜひとも、お買いもとめいただければと思います。あ、そういえば今日は太宰の命日でした」
「誕生日です!」
「はい?」
「い、いえ。ところで、太宰治というのは、その、おもしろいですか?」
「もちろんですよ。私も……ファンなんです」
「ファン!」
キッスをしてあげたくなりました。

『転生!太宰治 転生して、すみません』より

どんなに作品を書いても正当な評価が得られず、川端康成や志賀直哉からは徹底的に嫌われていたはずの自分は、日本を代表する文学者であった……そんな事実に太宰は生きる希望を取り戻します。

転生した当初は、受け入れがたい事実に心中さえ選ぶような太宰でしたが、現代で自身の功績が認められていることをきっかけに、現代の文化に触れ始めます。メイドカフェで働くスタッフにインターネットの使い方を教わり、「太宰治」について調べるうち、彼はとあることに気がつくのでした。

私が生きのびるためにやってきたお道化を、今や、たくさんの人々が流用し、私の死生観、厭世観、語り口はあらゆる方面に広がり、それらは、いくつもの娯楽作品や文学に見られ、また、最近、芥川賞を獲った芸人も、私の影響を強く受けていることを公言しているようで、つまり私は『キャラクター』として、大成功しているのです。

『転生!太宰治 転生して、すみません』より

太宰は『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』の表紙には自分と思わしき人物が描かれていることを知ったほか、『文豪ストレイドッグス』や『文豪とアルケミスト』に登場する自分が、包帯を巻いたり死神のような鎌を武器としていることに「これが自分のイメージなのだろうか」と驚きます。それでも、キャラクター化した自分が現代でも愛されていることはまんざらでもない様子。自身の功績を目の当たりにし、戸惑いながらも誇りを取り戻す太宰の姿におかしさを感じられる作品です。

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時代を超えてもなお、生きていく偉人たち。

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「偉人転生小説」は、自分の置かれた状況に戸惑いながらも、その時代に生きていこうとする偉人の姿が印象的に描かれています。「あの時はこうだった」と当時に思いを馳せる一方で、便利になった時代をときに楽しみながら、生きることを決める彼ら。そんなギャップに笑いを誘われるのが魅力なのでしょう。

「もしも今、○○がやってきたら」という空想を広げながら、これらの小説を楽しんでみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2018/11/29)

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