採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本
海外ミステリ
評者︱阿津川辰海
「2021年のマイ・ベスト」と来たら、技巧的な青春ミステリーの輝かしい結晶であるホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(創元推理文庫)か、ノワール三部作の終結点にして著者の最高傑作であるデイヴィッド・ピース『TOKYO REDUX 下山迷宮』(文藝春秋)かのいずれかだろうと思っていたが、滑り込みで謎解きミステリー小説の傑作が現れたのでそちらを紹介する。ミシェル・ビュッシ『時は殺人者』(集英社文庫)がそれだ(青春ミステリー、ノワール、謎解きと三作とも別ベクトルのマイ・ベストなのが嬉しい)。
コルシカ島でのバカンスで、クロチルドは暗い過去を思っていた。27年前、この島を家族四人で訪れた際、車が崖から転落し、クロチルドはひとり助かったのだ。あれ以来、初めて訪れるコルシカ島。そんな彼女の前に、とんでもない代物が現れる。母の筆跡で書かれた手紙である。これは死者からの手紙なのか? あるいは誰かの思惑か?
どこか暗く、精神的に追い詰められるようなグルーミィな語り口でサスペンスを高める手法は、フランス・ミステリーのお家芸と言っても良い。その語りによって、読者の鼻面を引きずり回し、彼らは自らの「奇想」へと読者を誘うのである。
物語は、27年前、クロチルドが記したノートの記述と、現在のクロチルドのパートを行き来する。まず、このノートが素晴らしい。少女らしい語り口で綴られ、後の悲劇を暗示するような不穏さを端々に滲ませることでグイグイ読ませる。更に、ノートを読む「彼」の視点が挿入されることが不気味なサスペンスを高めているのだ。このノートが「現在」のパートを寸断し、引きを作ることで、絶妙なアクセントになっている。ノートによる「時」の駆動は、同作者の『彼女のいない飛行機』(同じく集英社文庫)でも効果的に用いられており、作者の得意技なのではないかと思わされる。
そんなサスペンスと語り、コルシカ島の風物など、小説としてのふくよかさを味わっていると、上巻の末尾ではなんと「疑問のリスト」を要領よく掲げてみせる。そう。この小説は真っ向勝負の謎解きものでもあったのだ。意外な事実のつるべ打ちで読者を翻弄する下巻は、まさしく一気読み必至の面白さだ。おまけに、そうしたパートの中に、後の展開に繋がる伏線を巧妙に忍ばせておくのだから、やはりこの作者、技巧派という他ない。
それにしても、最後の章が素晴らしい。こういう光景を紡いで物語の幕を引ける作家には、いつも憧れるものだ。