採れたて本!特別企画◇レビュー担当7人が自信をもって推す!2021年ベスト本

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    エ ン タ メ    

佐藤 究
『テスカトリポカ』
  

テスカトリポカ

KADOKAWA

評者︱マライ・メントライン 

 日本人「巻き込まれ」型の国際謀略サスペンス小説というのは割としばしば書かれており、それなりに評判だったりもする。が、もともとこのタイプの作品といえば広江礼威の『ブラック・ラグーン』という超傑作漫画があり、読み味でこれに匹敵するか、というのが個人的に大きな評価ポイントだ。薄汚れた誇りを身に纏いつつ戦う者たちの魂の震え…ジャパニーズヤクザであったり旧ソビエト空挺部隊の残党であったり…と、彼らに直面する一般人の感覚をこれほど鮮烈に活写したアクションサスペンスは稀有だろう。そして率直な話、この漫画に匹敵する「文芸的」威力を持った小説がなかなか出てこない歯がゆさがあった。実に漫画・アニメ大国ニッポンならではのパラドックスだが、そもそも文芸業界内の評価基準だけで秀作を抽出する業界流儀の限界を感じていたのも事実。『ブラック・ラグーン』的なストーリーラインや設定が重要なのではない。同格の読み応え・高揚感・絶望感・ドライヴ感こそ重要なのだ。それが高望みかもしれないのは重々承知の上だが。

 佐藤究の『テスカトリポカ』は、その永年のモヤモヤを一気に払拭する傑作だ。直木賞を獲ったからナイスという話ではない。要は上記の不満の反対語を描けばそれが本作だ! と言いたいのだが、冒頭のメキシコの片田舎の場面から五感に沁みわたる見事な環境・情景描写といい、無自覚な暴力的パッション描写の「自分事」じみた重層性といい、技巧「臭」を感じさせないツイスト・スピード感といい、とにかく十点満点で百点の傑作悪漢小説である。オカルト領域にギリ転ばない範囲で「呪い」要素が効果的に活かされるバランス感覚も大いに◎。

 本作のもう一つ興味深く重要な側面は、二〇一〇年代の日本国の地盤沈下、国際的プレゼンスの低下という現実が、卑屈になるでもなく警鐘的に叫ばれるでもなく、ごく自然に物語の内に取り込まれているあたりだ。日本の悪のトップがアジアの巨悪の下請けだとか、日本警察の個人技や底力でなんとか事態収拾しおおせた実感があまりないとか、このあたり、実はかなり日本的エンタメの定石をいい感じで崩しているように感じる。突飛なフィクション的要素と絡めながら相乗効果を発揮するリアリティ要素の「本懐」とは、意外とこういうものかもしれない。

 余談ながら、本作はビジュアル喚起度の高い小説だ。そして主要キャラのコシモ君は「板垣恵介画」だったり「猿渡哲也画」だったり、読んだ知人の間で脳内再現が分かれていたのが味わい深い。
 

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