◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第10回 後編

◇長編小説◇飯嶋和一「北斗の星紋」第10回 後編

ラッコ猟をめぐる先住民とオロシャ人の衝突──
徳内はオロシャ人から三年前の一件を聞くが…

 

     三十四
 

 六月下旬、徳内を乗せた先住民の板つづり舟は、再びクナシリ島南端のトマリを出帆し、まずエトロフ島を目指した。徳内はイジュヨに頼み、手書きでオロシャ語の渡航状を書いてもらった。ウルップ島の先、シムシリ(霜知)島より北の島々はオロシャ人の支配が進み、どこでオロシャ人と遭遇するかわかったものではなかった。徳内が江戸幕府から派遣され千島列島にいたった幕府役人であり、交易交渉のためカムサスカに向かうこと、また、海難に遭って漂着した場合にはエトロフ島のシャルシャムまで送ってくれるよう書いてもらった。

 再び難所のクナシリ水道を渡ってエトロフ島の西海岸を北上し、シャルシャムの東、エトロフ島の北東端アトイヤに到着した。

 板つづり舟は、約十九里あるフリーズ海峡を潮流に揉まれながらも渡りきり、ウルップ島の西岸ノブノツ岬近くのモリシヤに着いた。板つづり舟は、大木をくり抜いた丸木舟に容積を増すよう側板を組み合わせ、樹皮繊維の縄で縛りつけただけの原始的な舟だった。先住民アイヌは、そんな素朴な舟ではるかカムチャッカまで航海できる優れた能力を備えていた。

 三年前の天明三年(一七八三)に、アタットイでオロシャ人と先住民とが起こした一件が徳内には気がかりだった。徳内は、ウルップ島の北西に位置するアタットイへまず行ってみることにし、日本海側の西岸を北上することにした。

 ナイボ村ハウシビから聞いた話では、「遺体ひとつを乗せた漂流船がアタットイに流れ着き、それを発見したエトロフの先住民が船に積んであった品物を奪い、船に火を放って焼き沈めた」というものだった。ところが、イジュヨとサスノスコイに確かめた話はこうだった。

「一七八三(天明三)年にウルップ島アタットイに漂着したオロシャ船は、同年交易のため蝦夷地を目指してエリスコイという港を出帆した。乗っていたのは十七歳になるオンセイチャら二十五人だった。このオンセイチャなる船頭は、イルクツコイ(イルクーツク)の出身で、父親は日本人のカツエモン(勝右衛門)という漂流民だった。オンセイチャは、幼少から賢明なことで知られ、名前もオロシャ国王から名付けられた。父親のカツエモンは、一七四四(延享元)年十一月に、江戸に向かって佐井(下北半島)を出帆したものの、海上で強風に遭遇して流され、オロシャ国に漂着した。生存者はカツエモンをふくめ五人いたが、いずれも日本に帰国せず、とどまってオロシャ国民となった。カツエモンは、イルクツコイで国王から二百箱の給銀を受ける上級の役人となった。
 国王の命によって新造した船に、カツエモンの息子オンセイチャを船頭として南方のエゾ島を目指し出帆したはずが、海難に遭ったものかそのまま行方知れずとなってしまった。
 ところが、オンセイチャの船は、悪天候で進路を誤り、カラフトに着岸した。カラフトの先住民と交易のことで争いが起こり、オロシャ船員は全員が矢で射殺された。その船だけが漂流して、ウルップ島のアタットイに流れ着いた。
 その時、エトロフ島の乙名ハッパアイノがラッコ猟のためにウルップ島へ来ていた。漂着船を見つけたハッパが乗り込んでみると、死体がひとつあるだけでほかに乗員がおらず、交易のための羅紗や猩猩緋(しょうじょうひ)などの高価な反物類、金銀までもが積まれていた。ハッパは、幸運にして天から与えられた宝物と思い、船内の品物をことごとくひろい集めて隠し置き、船を流しやって焼き沈めた。
 ちょうどそこに毎年ウルップ島へやって来るオロシャの大船が沖に現われた。ハッパは、自分が乗組員を殺して宝物を奪い船を焼き沈めたとオロシャ人に疑われることを恐れ、とても舟を出せる天候ではなかったところを、漂流船からひろい集めた品々を九艘の舟に積み、エトロフ島を目指して出航した。ただでさえ難所の海峡を航行し、悪風に見舞われて、ハッパアイノの舟をはじめ九艘の舟はすべて転覆した。百人余の先住民はすべて死んだ。
 オロシャ船がアタットイに入港して、逃げ遅れたエトロフの先住民に問いただし、ことの次第をオロシャ人は知った。オロシャ人は、ウルップ島はオロシャ人とエゾ人が共有する稼ぎ場であるにもかかわらず、ひどい仕打ちだ、言葉もないと怒り、遺恨を持つにいたったのだ」

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飯嶋和一(いいじま・かずいち)

1952年山形県生まれ。83年「プロミスト・ランド」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。88年『汝ふたたび故郷へ帰れず』で文藝賞、2008年『出星前夜』で大佛次郎賞、15年『狗賓童子の島』で司馬遼󠄁太郎賞を受賞。18年刊行の最新作『星夜航行』は、第12回舟橋聖一賞を受賞。

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