文学的「今日は何の日?」【11/30~12/6】

あの名作が世に出た日。
憧れのヒロインの誕生日。
かの大作家の失恋記念日。
……そう、毎日が何かの記念日です。さて、今日は何の日でしょうか。
11月30日から始まる1週間を見てみましょう。

11月30日

歌人・川田順、紋付羽織で川田家の墓に参る――辻井喬『虹の岬』

戦後、皇太子(のちの平成天皇)の作歌指導役を務めた歌人・川田順。漢学者・川田甕江おうこうの三男として生まれ、実業家として住友財閥の重役となりますが、昭和11年に住友を辞して歌の道に進みます。そのなかで62歳の時に出会った元京都大学教授の妻で、27歳年下の歌人・鈴鹿俊子と密かに愛し合うようになりました。昭和23年8月、俊子は夫と離別。しかし自責の念に苛まれた川田は、同年11月30日、谷崎潤一郎ら親しい文人に別れの手紙を送り、紋付羽織で川田家の墓に参ります。懐には剃刀。覚悟の自害でしたが一命をとりとめ、翌年、俊子と結婚しました。セゾングループ代表を務めた作家の辻井喬は、実業家ならではの視点でこの「老いらくの恋」を捉え、小説『虹の岬』を書いています。


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12月1日

石川啄木が第一歌集『一握の砂』を発表する

明治43年12月1日石川啄木の第一歌集『一握の砂』が、東京の出版社・東雲堂から刊行されました。この啄木の足跡をたどる1人の男の旅を描いた作品が、外岡秀俊『北帰行』です。北海道の炭鉱町出身で、東京で集団就職をしたものの、事故によって職を失った〈私〉は、東京での孤独な暮らしを支えてくれた『一握の砂』を手に、啄木の故郷・盛岡、約1年住んだ北海道の町々と、啄木の足跡をたどり北へと向かいます。盛岡で見た雪景色に故郷の炭鉱町を思い浮かべた〈私〉は、北海道を歌った啄木の作品に旅愁ではなく故郷を思うような響きがある、そのわけに気づき、感銘を受けるのでした。発表当時、東京大学の学生だった外岡のデビュー作で、1976年度の文藝賞を受賞した伝説的名作です。


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12月2日

南朝再興をめざした自天王が討ち死に――谷崎潤一郎『吉野葛』

明徳3年、それまで56年余り続いた南北朝時代が終わりを迎えました。しかし南朝、北朝から交互に皇位継承者を出すという条件が守られなかったことなどから南朝方では不満が募り、南朝再興をめざす「後南朝」と呼ばれる勢力が現れます。その中心となったのが、後亀山天皇の子・尊義王の一の宮(自天王)でした。自天王は三種の神器のひとつである神璽を奉じて奥吉野に潜んでいましたが、長禄元年12月2日、敵方の急襲を受け、奮戦むなしく討ち死しています。少年時代から『太平記』を愛読し、南朝史に関心の深かった谷崎潤一郎は、この自天王を中心に歴史小説を書きたいと願っていました。念願かなって吉野を訪れ、書き上げたのが『吉野葛』。関西の風土への愛情、歴史への愛着に溢れた佳品です。


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12月3日

ヴィクターはクリムトの絵画を受け取る――フィリップ・フック『灰の中の名画』

サザビーズで重役を務め、多数の美術解説書を著しているフィリップ・フック。そのフックが書いたサスペンス小説が、第二次世界大戦末期のドレスデン大空襲で焼失したはずのクールベの名画をめぐる『灰の中の名画』です。ソ連の情報将校ボリスとイギリスの情報将校ヴィクターは、共に美術愛好家であることから互いに友情を抱くようになりました。モスクワに帰任するボリスは、1945年12月3日、ヴィクターにクリムトの絵画を贈ります。それは処刑されたドイツ人画家が所有していたものでした。ヴィクターはボリスのやり方を嫌悪し、この瞬間、2人の友情は壊れます。敵同士となった2人は、その後も長く美術品をめぐる国同士の争いに巻き込まれていくことになるのでした。


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12月4日

原田マハ『ロマンシエ』において、リトグラフ工房idemの展覧会が開催される

参議院議員の父を持ちながら、跡取りとなることを拒んで美大に進んだ、ミッチこと遠明寺おんみょうじ美智之輔みちのすけの成長を描く原田マハ『ロマンシエ』。大学卒業を控え、就職は決まらず、新人イラストレーターとして受けた仕事に失敗し、大学院進学には手遅れと、どんづまりのミッチに、卒業制作が最優秀作品に選ばれたと連絡が入ります。美術学校に留学する権利と奨学金を勝ち取ったミッチは、勇躍パリに向かいますが……。パリでのさまざまな出会いを通じ、人として、表現者として成長し、リトグラフ工房idemに参加したミッチは、大学時代の友人・高瀬と共にidemの展覧会を企画することに。2015年12月4日、東京ステーションギャラリーでidemの展覧会が初日を迎えます!


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09406603

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12月5日

左近少将と落窪の異母妹・四の君の婚礼の日――『落窪物語』

薄幸の姫君が貴公子に救出され幸せをつかむことから、平安時代のシンデレラ・ストーリーと呼ばれる『落窪物語』。中納言家の姫君は継母から召使同然の扱いを受け、落ち窪んだ部屋に暮らしていることから「落窪」と呼ばれていました。忠実な侍女・阿漕あこぎの手引きで貴公子・左近少将と結ばれた落窪ですが、継母は好色な老人に落窪を与えようと企みます。阿漕の機転で危ういところを助かった落窪。事情を知った左近少将は落窪を自分の屋敷に迎え入れます。落窪を連れ出したのが左近少将と知らない継母は、落窪の異母妹にあたる四の君と左近少将の縁談を進めていました。左近少将もそれを受け入れ、12月5日が婚礼の日と定まります。ですがこれは、左近少将が企てた継母への復讐だったのです。


出典:https://www.shogakukan.co.jp/books/09658017

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12月6日

森鴎外の史伝『伊沢蘭軒』において、儒学者・頼山陽が自宅監禁を解かれる

『渋江抽斎』『北條霞亭』と並んで、森鴎外の「史伝三部作」と呼ばれるのが『伊沢蘭軒』です。伊沢蘭軒は江戸後期に活躍した医者・儒学者で、史伝三部作でも描かれる渋江抽斎は蘭軒の弟子にあたります。『渋江抽斎』の執筆にあたって蘭軒を調べるうちに、蘭軒そのものを書きたくなったと言われます。また蘭軒は儒学者で詩人の頼山陽とも親しく交わりました。この頼山陽、21歳のときに突然広島藩を脱藩、出奔します。しかしすぐに発見され、自宅の一室に監禁されました。監禁を解かれたのは享和3年12月6日。鴎外は『伊沢蘭軒』の物語を、この頼山陽の自宅監禁の件から筆を起こしています。そのわけというのは、18歳で江戸に遊学した頼山陽が、蘭軒を訪ねていたことにありました。


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初出:P+D MAGAZINE(2020/11/30)

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