芥川賞作家・三田誠広が実践講義!小説の書き方【第36回】私小説の心地よさ

芥川賞作家・三田誠広が、小説の書き方をわかりやすく実践講義!連載第36回目は、西村賢太『苦役列車』について。現代の底辺を描いた私小説について解説します。

【今回の作品】
西村賢太苦役列車』 現代の底辺を描いた私小説

現代の底辺を描いた私小説、西村賢太『苦役列車』について

日本には私小説という伝統があります。私小説というのは、一人称小説という意味ではありません。私小説と呼ばれるものの多くが、三人称で書かれています。「私」というのは、一人称の私ではなく、「私事」とか「私用」とか「私立」などの「私」、つまりプライベートという意味です。社会の問題や、時代の動きに目を向けるのではなく、書き手自身の私的な体験だけを書く、ある意味で視野の狭い作品が「私小説」なのです。

この西村賢太さんの作品も、プライベートな体験を素材としています。文学の伝統に沿って、三人称で書かれ、北町貫太という人物が主人公として登場します。しかしこの主人公の名前は、明らかに作者本人の名前のモジリですし、書きぶりも、北町貫太を「私」と書き換えてもそのまま読めるという、主観的なものです。たとえば風景描写があったとしても、それは客観的な風景ではなく、主人公が見ている風景なのです。

この作品の魅力の第一は、主人公の置かれた境遇です。父親が犯罪者となって母が離婚し、主人公の少年は中卒で就職もせずに、時々肉体労働のアルバイトをしながら、稼いだ金は飲んでしまうという、だらしのない生活をしています。昔だったら、中卒で働くのはめずらしいことではなかったのですが、これは作者自身の体験をもとにしていますから、おそらくバブル経済のピークの少しあとくらいで、若者のアルバイトは飲食業などならいくらでもある時代です。そこをあえて、肉体労働に身を投じ、働いたり、働かなかったりといった生活を送っています。

一貫して「北町貫太」を描き続ける

現在でも高校中退の人はいると思いますが、仲間とつるんで遊ぶといったことが多いように思います。ところがこの主人公は孤独なのですね。一人でメシを食い、酒を飲む。それだけが楽しみといった、見ていると気の毒になるような生活をしています。ここがこの作品のポイントですね。単なる貧しさの話ではありません。主人公のキャラクターがおもしろいのです。この人はどうも、友だちができないようなタイプの人のようです。引きこもりとか、そういうのでもない。明るくて、図々しくて、態度のでかい人物のようです。結局、他人の顔色をうかがうとか、空気を読むとか、そういうことができない、ひとりよがりでわがままな人物なのですね。

ぼく自身、こういう人とは、お友だちになりたくないと思いますが、小説を読んでいると、この人は純粋で正直な人なのだなという気がして、がんばってほしいと感じますし、ささやかでもいいから幸せな人生を送ってほしいという気もします。この気分が、何かに似ているな、と思ってよく考えてみると、自分よりも不幸な人のブログを見ていると、共感というよりも、自分の方が少しはましだなと思って、元気になる、というような読者心理と通じるところがあると思います。実はぼくの教え子の男子学生には、そういうひまつぶしをやっている人が何人かいるのですね。

ぼくは他人のブログを見るほどひまではないのですが、それでも文芸誌に西村さんの作品が掲載されていると、ほとんど全部読んでしまいます。芥川賞受賞以後も、彼は私小説を書き続けているのですが、中卒で働き始めてから、四十歳を過ぎて芥川賞を授賞するまでは、艱難辛苦の連続で、読みごたえがあります。最近は一人称の作品も書いているのですが、そこでも主人公の名前は北町貫太なので首尾一貫してこの人物を描き続けていることになります。

書き手の開き直りとサービス精神

芥川賞を授賞したこの作品は、生まれて初めての肉体労働というところが、いかにも新鮮で、作家西村賢太の原点ともいえる場面が描かれています。その仕事というのは、巨大な冷凍庫の中で冷凍マグロを運ぶという作業で、うわぁ、大変だなと思います。それでもけなげに働いているという感じはしないのですね。何だかいいかげんだなと思いますし、こんないいかげんな生き方もあるのだなと驚きます。作品の山場は、やっと一人、年齢の近い仲間ができるところから始まります。

その仲間というのは学生で、彼は目的があって、お金を貯めようとして、厳しい肉体労働のアルバイトに、けなげに取り組んでいるのですね。年が近いから、言葉を交わし、いっしょに飲んだりもするのですが、けなげな人物と、いいかげんな人物ですから、話が合うはずもなく、結局、喧嘩をして、やっとできた仲間も失ってしまうという、まったく絶望的な話です。同じように苛酷な労働に耐えていても、片方は希望をもっている。希望をもっているからこそ、重労働に耐えられるといってもいいでしょう。主人公の方には、希望がありません。人生の目標みたいなものがないのですね。

まったくもって絶望的な状況なのですが、読んでいると楽しくなって、読後感は爽快です。他人の不幸は楽しい、という、意地悪な読者心理が働いているのかもしれませんが、西村さんの作品が楽しく読めるのは、書き手としての西村さんの深い決意と潔さのようなものがあるからだと思います。これが自分なのだ、文句あるか、という開き直りと、こんな自分を笑ってやってくださいというサービス精神が、文体の根底にひそんでいます。

書かれている北町貫太と、書いている西村賢太は、似ているようでいて、しっかりと距離がとれているのですね。過去の自分を客観的に眺めて、距離をとる。するとそこに、ごく自然体のユーモアがわきあがってくるのです。読んでいるととにかく楽しく、心地よくなってくるのです。この作品は私小説のお手本です。熟読してほしいと思います。

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初出:P+D MAGAZINE(2018/01/25)

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