モーリー・ロバートソンのBOOK JOCKEY~もう一つのサザエさん~【第6回】

もっと議論をしなくてはならない

ゲイ・ライツも高らかに新・日本の日常の一部となる。いや、ライツですらなく、ただダイヴァースな、つまり性自認が多様で、ありのままで、雪の女王のようにレリゴーした、新たな「あたりまえ」がそこに出現する。レインボーな「おもてなし」が「あたりまえ」になる。同性婚という用語もフェードアウトし、個人と個人が愛し合って籍を入れる行為へと「結婚」が拡張される。あるいは「結婚」しているのに、その都度、婚外恋愛をお互いに認め合う「オープン・リレーションシップ」も普及する。オープン・リレーションシップで子育てをする、母と母。あるいは父と父。あるいはママがいてパパがいて、その「友だち=本当は恋人」がソファに寝袋を置いてしばらく一緒に暮らしている中で育つ子供。これが「新・サザエさん」である。子供が学校で友達から譲り受けたビニール袋いっぱいの大麻をママが見つけて、子供とシット・ダウンして話し合い、「粉をやるのは大学まで待ってね。それから、売人にはなっちゃだめよ」と諭す。そんなほのぼのとした新しい家庭像が一般化する。三丁目の医療大麻畑に今日も夕陽がとっぷり暮れ、近所の台所からマサラを焼く匂いが漂ってくるのだ。

こんな社会の変化はあたりまえ、あたぼうだ。社会はどんどん多様化、多層化し、都会にモスクも建つ。モスクの横に尖塔(ミナレット)が建てられると、街の景観が一変するのは周知の事実だ。スイスでは国民投票をしてまでミナレットの建設を禁じた。ムスリム系の移民はその時、激しく抗議した。そういったせめぎ合いが日本にもやってくる。イスラムが日本の一部に浸透し、次いでキリスト教の布教も活発化したなら、教会も増える。新興宗教も活発化する。半世紀ほど、ビュッフェで適当に好きなものをつまむように緩慢だった日本人の宗教心も一変する。世界中のメジャーな宗教が流入、定着し、それらの要素を合体させた新宗教も広がる。100数十年前に大本(教)や天理教が出現した頃のような宗教的興奮も再来するだろう。

そこまでとことん社会が激変すると、議論をせざるを得ない。単一民族だからガラパゴス、ガラパゴスだから以心伝心、以心伝心のふりをしてだらだらと長い会議を重ね、結局現状維持を決める、何も決めないことを決める、という論議なき日本、ディスカッション・レス・ジャパンは終焉する。あらゆるマイノリティーがライツ(人権)を主張し、政治も企業も社会通念もそれに配慮しようとする。だがマイノリティーは、社会のメインストリームとの融和と共存を望むモデレート・ファクションと、社会のメインストリームも自分たちの原理主義に合わせて変えるべきだとするファンダメンタリスト・ファクションへと別れる。多様化の中で必然的に発生するファンダメンタリズムのラウドネスに対して、民主的な先進国は今もって万能な解を持たない。それどころか、多様化が急激に進むと「移民が来る前の状態に戻せ」と主張する極右政党が大躍進する。一度移民社会になった状態で移民を排除することはできない。だがセンチメントとしては「昔のほうが住みやすかった。もうこの国は自分の国ではない」とのシンキングに陥る人は多くなる。だから非現実的な公約を掲げ、情動に訴える政治はますます跋扈するようになる。

だからこそ、もっと議論をしなくてはならない。「以心伝心」の大前提となる「似た心」がもはや存在しなくなる。「似ていない心」同士の個々人が、なんとか歩み寄って共存共栄し、その多様性を力に変えていくためのより大きな団結を求められる。「ユナイテッド・ウィー・スタンド、ディヴァイデッド・ウィー・フォール=United we stand, divided we fall.」である。日本は単一のモノリスの下で共通して支配され、忠義を誓う国ではなく、異なる個性の持ち主がコラボレーションをする国へと変わる。自分でものを考えなきゃいけない国、ニッポン。その新たなリアリティーの中で「この国はアメリカの属国なんだよ」と嘆く人も、もういない。オヤジ、ごくろうさまでした。ウィー・キャン・テイク・イット・フロム・ヒア。ここからは、私たちが引き継ぎます。


モーリー・ロバートソンのプロフィール

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日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍中。現在はフジテレビ「ユアタイム〜あなたの時間〜」(平日 23:30)、BSスカパー!「Newsザップ!(月曜 18:00)、NHK総合「所さん!大変ですよ(木曜 22:55)、テレビ東京チャージ730!(不定期・月曜-金曜 7:30)、ニコニコ生放送モーリー・ロバートソン・チャンネル(月2 )出演のほか、各誌にてコラム連載中。


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初出:P+D MAGAZINE(2016/06/16)

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