〈第5回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト2」
いかさまじゃんけんだった。
参加者の処遇は?
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同じ頃。職場環境改善推進室のドアがノックされ、慎はノートパソコンのキーボードを叩く手を止めた。
「どうぞ」
振り向いて告げるとドアが開き、制服姿の若い男性が部屋に入って来た。慎の机に歩み寄り、抱えている小型の段ボール箱から封筒を一通取って差し出す。
「これ、届いていました」
「ありがとう。お疲れ様です」
封筒を受け取り、慎は男性に笑みを向けた。男性も「いやあ、四階までエレベーターなしはキツいっすねえ」と言って笑い、片手で額の汗を拭った。
この男性は、警視庁総務部文書課文書係の係員だ。本庁に届いた郵便物は本部庁舎地下一階の文書集配室で仕分けされ、各部署に配られる。
男性が部屋を出て行き、慎は封筒を眺めた。飾り気のない茶封筒で、表にはワープロの文字の宛名ラベルが貼られているが、裏に差出人の住所・氏名は記されていない。
不審感が湧いたが、本庁宛ての郵便物や宅配便は全てX線検査等のセキュリティチェックを受けている。慎は机の引き出しからハサミを取り出し、封筒の上端を切り取った。ハサミをしまい、封筒の中身を出す。
プリントした写真が数枚と、マスクが一枚。送り状などはない。写真には慎が写っており、自宅である警視庁の宿舎を出る姿、どこかの通りでみひろと警察車両のセダンに乗り込む姿、そして一カ月前、ホテルのバーで沢渡暁生とスツールに座っている姿もあった。全て隠し撮りで、どの写真も慎の顔には刃物のようなもので×印が刻まれていた。その線の大きさと荒々しさに、刻んだ者の怒りと憎悪を感じる。だが、慎は動じなかった。
監察係時代には、時々この手の脅迫または警告目的の写真や文書が届いたが、異動後は初めてだな。相手は懲戒処分になった職員の誰かか。そう思い、念のため素手ではなくペンの先を使って写真を机上に広げ、マスクを引き寄せた。
マスクは不織布製で、横向きにプリーツが三本寄せられたありふれたものだ。しかし複数のフィルターが重ねられているのか厚みがあり、耳にかけるゴムを含め真っ黒だ。ふいに、慎の頭に一つの記憶が蘇った。
去年の夏。元部下の足取りを追い、新興宗教団体・盾の家の施設に張り込みをした際に見た、同団体のメンバー。その全員が、同団体の象徴である黒いフード付きのつなぎを着て、いま目の前にあるものと同じマスクを付けていた。
写真とマスクを送ったのは、盾の家のメンバーだ。そう確信するのと同時に、ホテルのバーで沢渡暁生に言われた言葉も思い出す。
これを送った意図は、「去年の一件を忘れていないぞ」という警告、あるいは、何かが始まる合図か。
動悸がするのを感じながら、慎は机上のマスクと写真を見つめた。
(つづく)