ミステリー小説
書評家が、おすすめのミステリー小説を紹介します。
捨て置かれ、ただ時とともに朽ちていく建造物──廃墟。それは建物の遺骸と捉えることもできるが、遺跡や動物のはく製を見て覚えるものとはまた異なる情感をもたらし、なぜか妙に心を惹きつける。この得もいわれぬ退廃的な魅力の正体とは何なのか。斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』は、その答えの一端を垣間見せてくれる長編本格ミステリだ。
「彼女を殺すために、僕は廃病院の敷地に足を踏み入れた」という穏やかではない一文から始まるプロローグ。その最後で、思わず読み返してしまうほど目を惹く謎が提示される。それを成したことで、なぜ「これで、彼女を殺せる」のか? 五十嵐律人『原因において自由な物語』は、年末の各種ミステリランキングに軒並み挙げられるなど大いに話題を
起源は古代インドにまで遡り、日本への伝来時期も定かではないほど長い歴史を持つ将棋。この盤上遊戯を題材にしたミステリは過去にいくつも存在するが、芦沢央『神の悪手』は、これまでにない切り口と広い視野を備え、たとえ将棋を識らずとも一読唸ること請け合いの全五話からなる充実の作品集だ。
たとえばリーガル・サスペンスでは、ひとを裁くことの難しさが繰り返し採り上げられ、このジャンルにおける永遠のテーマのひとつになっている。つまり人間とは、容易に割り切れない存在である「ひと」をはかることに決して長けてはいない証左といえよう。けれど社会で生きていく限り、ひとはひとからはかられ、評価づけされることからは逃れら
それが、現実──。ままならない日々を、そう割り切って受け入れていく生き方も、ひとつの処世術といえるのかもしれない。けれどそうすることで、目を背け、距離を置き、冷遇しているなにかを忘れてないか。丸山正樹『ワンダフル・ライフ』は、複数のケースを提示し、ミステリの手法を用いて読み手に、その〝なにか〟の一端をのぞかせようと
『放課後の嘘つきたち』酒井田寛太郎
ハヤカワ文庫
ライトノベルのフィールドから、青春ミステリの有力な書き手が颯爽と現れた。
酒井田寛太郎『放課後の嘘つきたち』は、全校生徒五千
『売国のテロル』穂波 了
早川書房
アフリカの小さな漁村から世界各地に広まったとされる、従来の抗生物質や成分ワクチンがまるで効かない新型の炭疽菌災禍。漁村からは都市や農村への渡航、空
物事の表層を一瞥しただけで、つい訳知り顔をしてしまう人間の卑しい浅はかさ。まさきとしか『あの日、君は何をした』は、大鎌を振り被りながら、それはおまえにも当てはまらないか──と終始読み手を問い質すよう
冒頭で、渋谷を混乱に陥れた女性ゲームクリエイターが自ら命を絶つ、『虹を待つ彼女』(第三十六回横溝正史ミステリ大賞受賞作/二〇一六年)。人工知能による作曲アプリが普及した作曲家なき世界で、それでも作曲
東京オリンピック開幕を控えた七月、新聞記者の塚口は、不審な電話を受ける。相手は、開会式の日に都内を走るトラックの荷台でシアン化水素ガス──青酸ガスを発生させるという。すると直後、その予告が嘘ではない
チャリティコンサートが行なわれていた高松駅前の広場で、紙袋に入れられた手製の爆弾が爆発。十二歳の少年が死亡し、十数名の重軽傷者を出す大惨事となった。警察は防犯カメラの映像を手掛かりに、当時十九歳の小
手続きや協議の支援をはじめ、相続に関するマネージメントを請け負う「相続鑑定士」である三津木六兵には、常に行動をともにする〝ジンさん〟なる相棒がいる。濁声の毒舌家で、六兵を「ヒョーロク」と呼んで小馬鹿
「簡単な雑用から重大な任務まで、なんでもお引き受けいたします」
悪人たちのもとにふいに届く、「便利屋」からの簡素なダイレクトメール。連絡先は携帯の番号のみ。いったい差出人は何者なのか──?
深木章
それまで思い描いていた物語の様相が一変し、大いに驚嘆させられる悦び。ミステリーのなかでも、こうした「どんでん返し」や意表を突く急展開がお好みの向きも多いことだろう。水生大海『最後のページをめくるまで
十九歳の少女──君待秋ラは、十年ぶりに発見された異能の持ち主「匿技士」だ。彼女の前に立ちはだかる男──麻楠均もまた「匿技士」であり、その手に握られた鉄筋は彼の特殊な能力によって生み出されたものだった
周木律のデビュー作『眼球堂の殺人 ~The Book~』(第四十七回メフィスト賞受賞作)刊行から早六年。ついに「堂」シリーズが、第七弾『大聖堂の殺人 ~The Books~』で大団円を迎えた。
二
総合商社に勤める阿久津清春は、帰宅途中、街灯の光のなかで揉み合う男女に遭遇し、女から助けを求められる。ナイフを持った背広姿の男に襲われているのは、以前に合コンめいた食事会で会ったことのある柚木玲美だ
葬儀社、国会議員、新興宗教の教祖、都知事、町役場の広報課etc。二〇一〇年、第四十三回メフィスト賞受賞作『キョウカンカク』(のちに『キョウカンカク 美しき夜に』改題文庫化)でデビューした天祢涼は、多