アメリカでのベストセラーランキングと共に注目の最新作を紹介!-ブックレビューfrom NY【第7回】

文句なしに今一番売れている作家

本コラムの筆者が選んだ1冊は、ジェイムズ・パターソン(Maxine Paetro との共著)の“15th Affair”だ。3週続けてベストセラー入りをしていて、今週は2位、最初の2週間は1位だった。

ジェイムズ・パターソンはニューヨーク・タイムズのベストセラー1位になった回数が最も多い作家という《ギネス記録》の保持者だ。2016年1月の時点で、世界中で3億5000万の発行部数を記録している[1]

パターソンは広告代理店のコピーライターを経て、1976年に最初の小説“The Thomas Berryman Number”を出版、エドガー賞(最優秀新人賞)を受賞した。1993年の小説“Along Came a Spider”で初めてニューヨーク・タイムズのベストセラー1位を取り、この小説は2001年に映画化されて、モーガン・フリーマンが主人公のアレックス・クロスを演じた。2012年にも同シリーズを元にした映画“Alex Cross”が作られ、この時はタイラー・ペリーがクロスを演じている。彼の小説にはシリーズ物が多い。《アレックス・クロス》はパターソンの作品の中で最も人気のあるシリーズの一つだ。

パターソンは共著作品が多いことも特徴だ。今回紹介する“15th Affair” も共著小説だ。共著の利点を活かし、パターソンは多作で、商業的には最も成功している作家の一人と言える。半面、彼の作品は「売れる」ことに重点を置き、「芸術性」に欠けるという批判もある。

[1] The Official James Patterson Website

女性殺人倶楽部

“15th Affair”は、《女性殺人倶楽部》(“Women’s Murder Club”)シリーズの最新作(第15作目)だ。《女性殺人倶楽部》とは物騒なネーミングだが、要するに犯罪に関わりのある職業を持つ女性たちの「女子会」のことだ。倶楽部メンバーはサンフランシスコ市警察の警察官リンゼイ・ボクサー、検死官のクレア・ウォッシュバーン、犯罪レポーターのシンディ・トーマス、そして弁護士のユキ・カステラーノの4人。お互いに個人的な、あるいは職業上の問題や悩みを相談し合う仲だ。

フォーシーズンズ・ホテルで死体が4体発見されたという連絡がサンフランシスコ市警察に入り、主人公のリンゼイ・ボクサーと相棒のリッチー・コンクリンがホテルに向かうところから物語は始まる。14階の1420号室にアジア人男性、隣の1418号室に若い男女、そして14階の備品室にホテルの掃除係の死体があった。はたして同一事件で4人が殺されたのか、それとも別々の殺人事件なのか? ホテルの防犯ビデオ映像から、ちょうど事件が起こったと思われる時間帯の画像が完全に消えていた。殺されたアジア人男性は偽名でホテルにチェックインしていたし、隣の部屋の若い男女の身元もわからない。画像が消える直前のビデオ映像から1420号室には殺されたアジア人男性と一緒に白人女性がいたことが分かった。この女性が誰なのか、そして彼女は今どこにいるのだろうか?

多くの謎を含む事件の解明に頭を悩ますリンゼイだったが、事件の直後から連絡が取れなくなっている夫のジョーのことも気がかりだった。ジョーは空港警備のコンサルタントをしているが、事件の直後から連絡がつかない。

アジア人男性はスタンフォード大学で中国史を教えるマイケル・チャンと判明、妻は同じ大学で中国語を教えていることが分かった。リンゼイと相棒のリッチーはマイケル・チャンの妻のシャーリーに事情を聞いたが、シャーリーはなぜ夫がホテルで殺されたか、全然思い当たることがないと途方に暮れていた。そして2日後シャーリーの死体が自宅で発見されることになる。

一方、ホテル殺人事件の捜査が始まって数日後、サンフランシスコ国際空港近くで、北京発の旅客機が墜落した。テロによるものなのか、単なる事故なのか? リンゼイは、空港警備のコンサルタントをしているジョーの失踪はこの飛行機事故と関連があるのではないかと疑いを持つ。ジョーの過去について自分は知らないことが多いと気づいたリンゼイは、ジョーがサンフランシスコに来る前に働いていたFBIの元同僚に会うこと手始めに、ジョーの過去を調べ始めた。

ホテル殺人事件とジョーの失踪で悩むリンゼイを、励まし、助言し、支えたのは、《女性殺人倶楽部》メンバーたちだった。彼女たちの励ましで、ジョーの過去に真正面から向き合う覚悟を決めたリンゼイ。次第にホテル殺人事件、飛行機墜落事件、ジョーの過去と彼の失踪が一本の糸でつながっていき、FBIやCIAを巻き込む国際スパイ事件の全容が浮かび上がってくる。

サスペンスの裏にある、もう一つの物語

リンゼイはホテル殺人事件が起こるまでは、理解あるやさしい夫と幼い娘ジュリーに恵まれ、公私ともに充実した幸せな生活を送っていた。夫のジョーは自宅をオフィスにして警備コンサルタントをしていたので、勤務で夜遅くなることが多いリンゼイに代わって普段からジュリーの面倒をよく見ていた。難事件に取り組んで夜遅くまで家に帰ることもままならず、リンゼイは失踪したジョーを心配するとともに、夫のいない家で一人きりの幼いジュリーのことも心配だった。リンゼイを取り巻く女性たちは、そんな彼女をあたたかくサポートした。昼間のベビー・シッターをしているミセス・ローザは快く時間を延長し、夜遅くまでジュリーの面倒を見てくれた。そして疲れて帰ってくるリンゼイのために温かい夕食まで用意してくれた。リンゼイが夫の手掛かりを探すために、FBIの夫の元同僚に会いにワシントンに行くときは、妹のキャサリンが娘二人を連れて、ジュリーの面倒を見るために泊まりに来た。《女性殺人倶楽部》のメンバーたちは、事件解明の手助けはもちろん、ジョー失踪の相談に乗るなどして、物心両面でリンゼイを支えるのだった。

この小説は、女性警察官リンゼイが国際スパイ事件を解決していくサスペンス・ドラマであるとともに、女性同士の友情、絆をあたたかく描いた物語にもなっている。働く女性が増えた昨今、リンゼイのように仕事と家庭(特に子供)とのバランスに悩む女性はアメリカでも多い。大きなトラブルに見舞われればなおさらだ。この作品は、そんな女性たちの共感を得ていることだろう。


佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。

佐藤則男ブログ「New Yorkからの緊急リポート

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初出:P+D MAGAZINE(2016/06/20)

連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:山極寿一(京都大学総長・理学博士)
切ないながらも、鮮烈に青春時代の記憶がよみがえる一冊、「かもめ」